石神マリエ@ご自愛エッセイ

根暗で有名です。1日1エッセイ。             どうかご自愛くださいませ。   あなたの心を突き刺し、抱きしめる言葉たち。     https://www.instagram.com/gamiyoga.0

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狂ったらいい

相手が上司だろうが、お客さまだろうが、孤独だろうが病気だろうが心底傷ついていようが関係ない。私の心は理不尽に「傷つけられていい」対象ではないのだ。理不尽に慣れてはいけない。 たとえば私はこれまで、どんな時も「諦めること」で人を許してきた。言葉の暴力を受けてもどこかでいつも善人ぶってきた。「私が我慢すればいい」と大人になってきた。けどここのところそんな自分に疲れて腹が立った。 心がギシギシと音を立てて文句を言った。胸がぐちゃぐちゃに破かれたみたいになって、あとの魂は子供のよう

    • ギブアップと、わたし

      昨日はエッセイを書けずに休んでしまった。実に70日ぶりのダウンであった。 というのもふと、午後から目眩がして不調に倒れてしまい。悔しくもどうにもならない一日だった。夕方には頭痛や胃痛、手の震えや吐き気、肩こりや無気力が襲ってきた。小一時間横になって眠ってみたが起きてからも世界がぐるぐるしていた。理由はわかっていた。治療するしかなかった。 ただ あんな時いつだって、いちばんの被害者は側にいる息子なのだ。 6歳の息子に優しくなれなかったり、適切な会話ができなかったり、いつも

      • たとえば、必死で生きている毎日のなかで 「自分がどんなに頑張っているか」なんてみんな、知らないんだ。 自分のことなんて気にする暇もなく、許すことも、褒めることもなく、とにかく一日一日を必死にもがいて生きていく。ほとんどの人がそれを当たり前だと自分に課している。 だからふと誰かに 「よく頑張った。」なんて言われると 理由のない涙が止まらなくなるんだよね。 誰かがそっと「自分の生き様」に気がついてくれたその時、ようやく自分は自分が頑張ってきたことを知る。そうしては顔をくしゃくし

        • らしくあれと

          自分の「脳みそ」の中では大抵、面倒なやり取りが行われている。「どうしたらいい?」とか「どうするべき?」とか、そういうしょうもないこと。脳みそはいつも面白くない大人みたいだって私は思う。 本当の自分は脳みそじゃなくて、「魂」にいる。 魂の声を聞いてみればいつだってそこに答えがあるんだ。「自分はどうしたいか?」なんてことは一目瞭然。答えはいつも僕らの手の中ってことだね。 なんて。 たまにそういうことを言うと 馬鹿馬鹿しいとか、魂の声なんてわかんないとか言うやつは自己逃避にすぎ

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          鈍感なくらいで

          「あの人とは分かり合えない」とか 「あいつのことは、理解できない」とか 「彼のことを信じていたのに」とか 人間というのはそんなもんだと 私は思う。 実際 みんながみんな少しずつ気を遣ったり、良い顔をしたり、言葉をうまく使っているから「エゴ」が隠れているのであって。 本当はズレているというのが事実である。 心の中身についてすべてわかり合うなんて、 不可能なんだ。すると大概、「わかってほしい」というのがエゴである。だから 恋人と トモダチと 親と 同僚と 世間と こどもと

          諦めることや、逃げること

          大人はみんな 「諦めちゃいけない」「逃げちゃいけない」「辞めちゃいけない」「負けちゃいけない」と私に教えてきたが、それは大嘘であった。あのとき誰も「逃げていい」と教えてくれなかったから、私は辛いことがあるたび「耐えること」しか方法がなくて、どんなに苦しんだのだろう。 嫌な上司、嫌な職場、無理なお願いを受けては体を壊し、「そんな自分は弱いんだ」と心を壊した。「我慢強さ」という価値観は人間を苦しみに縛り付けていく。恐ろしい話だ。 だから私は息子に教えたい。 「諦めること」や「

          諦めることや、逃げること

          多様性についてゴニョゴニョ

          私の半分はのんびりしていてナマケモノのよう。だから時に「仕事なんてしたくない」とダラダラしたり、寝ながらポテトチップスを食べたりお酒を浴びるほど飲んだり、朝から夕方まで布団に潜り込んで人と争うことや抜きん出ることは馬鹿馬鹿しいとSNSを片っ端から閉じてしまうことがある。何日も何日も「どいつもこいつもアホだ」と馬鹿にして、誰とも関係ない自分をただひとり、世界の片隅でそっと抱きしめる夜がある。 かと思えば急にやる気を出したりするんだ。残りの半分の私は妙にアツく倒れるほど仕事をし

          多様性についてゴニョゴニョ

          アーメン!

          今日はマジで一言だけ言わせてほしい。 下痢で痛みに耐えている時ほど 辛いもんはない。 以上。 嘘です。 嘘ですけど、ほんとうに。お腹を下す時というのは変な汗をかいたり、手や足がガチガチに震えて気が狂いそうになるものですね。今日はとんでもない便意を我慢しながら、息子を隣に乗せて運転なんてしていたわけですが。もう頭の中では悪魔的な痛みと張り合うことしかできず、身体は地獄。息子に「ママ〜、今日はカレーがいい」なんて言われても「おー、か、カレー。」 とか言って心ここに在らず。そ

          レイと私

          私には6歳の息子がいる。 名前はレイ。 レイは今日「レイのほん」という名の、自己紹介ブックのようなものを手書きで作っていた。その内容は全て「レイ(自分)」について。自分の誕生日や、自分の好きな場所。彼の好きな歌や、好きな色なんかが描かれていて子供心の詰まった「レイのほん」だった。彼はそれを書いている間、ぶつぶつ言いながら無我夢中でもくもくと1時間ほど机に向かっていた。覚えたてのひらがなは所々間違っていたりテキトーな殴り書きであったが、本人はまるで漫画家のようにペンを走らせて

          記憶の約束

          旅の3日目。 今日は宮古島とおさらばし、羽田空港から都心のど真ん中を突っ切って帰路に着いた。その途中にふと思ったんだ。 都会のビル群にはビル群の当たり前がそこにあり、沖縄の離島には島の当たり前がそこにあった。満員電車には満員電車の当たり前があって、私には私の当たり前がそこにあったんだと。それはつまり「当たり前」なんてなかった。「当たり前」はいつも曖昧で不確かだったのだと。環境次第で人は歩く速度も違うし、食べるものも表情も、生き方そのものさえ違う。 旅に出るまで私はどこかで

          re birth

          私は普段、海無し県の群馬に住んでいる。だからこうして海がすぐそばにあることや、本当に海の色がエメラルドグリーンであることに衝撃を隠せなかった。あまりにも綺麗だということにひたすら驚かされてしまった。 というのも今日はリフレッシュの休暇として旅のふつかめ。宮古島の離島、伊良部島にいたんだ。 伊良部という島には病院がないし、信号もあまり無い。犬は放し飼いだということに驚いた。それにヤシの木とシーサーばかりがあって、ご飯屋さんのおばちゃんが良い香りのお花や貝がらをくれた。ホテル

          こういう日があってもいい

          10年ぶりの飛行機。今日はたった今、空の上でこのエッセイを書いている。(PM1:30)海がキラキラしたり、雲をつきぬけ雲の上を飛んだりして。一年に一度くらいこんなことがあってもいいと思ってね。 ただそういうわけで飛行機は無事飛んでいるのだが「こんなにも揺れるものなのか?」と私は何度かひよっている。機体がふわふわする度に緊張して気持ちが悪い。変な汗をかいてしまったり頭が痛くなったりしている。そういえば私は乗り物が苦手なんだった。(バスも車も電車もダメである)常にそんな感じなの

          こういう日があってもいい

          happy birthday

          今日は父の誕生日だった。 父とはこの数年でずいぶん仲が良くなったと思う。それは単純に、自分が親になって「父親」と言うものがどれほど偉大だったのか分かったからだ。あの頃「当たり前」と言う名の安心をくれていたのは父親だったと。いつも石頭で頑固ジジイでウザイとしか思っていなかった彼のことを、「真の味方」であるとちゃんと理解したってわけ。 そうなると私は父から「愛」というプレゼントをもらい続けて来たんだ。だから今の私ができることといえば、「自分は幸せだ」と父の前で明朗に過ごすことな

          悪魔と神さまと自分

          世界で1番汚いのは、人の心。 世界で1番美しいのも、人の心だ。 というのも、人の中には悪魔と神様のようなものが確実に存在している。 自分を悲しませたり、他人を悲しませることで生きる意味をつくる「悪魔」と、魂に歓喜し他人を喜ばせることで生命力を感じる「神」の存在。 だから私は 自分に負けそうになる時 他人を苦しめたくなる時 自分が嫌になり 他人を貶めたくなる時にこそ 「お前の手には乗らないよ」 なんて言って悪魔を追い返すんだ。 私が私という悪魔に取り憑かれる前に 必死

          winter song

          冬になるとみんなで鍋を囲んだり、チキンを食べたり、クリスマスケーキにお正月。なんとなく人と会うことが増えたり、暖かくダラダラとテレビを見て過ごすようなことが増えていく。いつもストーブの灯油の香りがする。店にはクリスマスツリー。私は冬が好きだ。 それに 「今年も残り何日だ」なんて会話が増えて思い出話をしたり、「来年はどこに行きたい?」なんて。そうしてみんなで過ごせることがありがたいと知ったりする。それでどんな面倒なことも無事に終わるんだって安心するんだよ。難しいことの反対に、安

          遊びの本質

          私には6歳の息子がいる。 名前はレイ。 レイは時々、何かを思いついたかのように 私を誘ってくる。 「ねぇママ?明日は僕の“ワンマンライブ”だから見に来てくれる?」 などと言って、お手製のチケットを渡してきたりするんだ。 また時には 「ねぇ、ママ?明日は“焚き火”をするんだけど。プログラムはこんな感じだから朝から集合してくれるかな?」 などと言って、プログラムが書かれたチラシを渡してくる。 まぁ、そうしてチラシを受け取る時の私は有無も言わさず参加なのだが。そんな風に