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美しくて、あたたかくて、幸せだったある冬の日

わたしは冬が好きだ。
寒いし、暖房費も高くつくし、寒さを耐えるエネルギーを得るためにボリュームのあるものを食べたくなってしまうせいで気を抜くとすぐ体重が増えてしまうし、わたしの住む地域は特に、ほぼ毎日雪が降ってJRもよく遅延する。
それでもわたしは冬が好きだ。通勤や買い物の度にどれほど大変な思いをしても、そう言い続けている。

数日前、ちらちらと優しい雪が降るだけの、穏やかで気温も比較的高めの日があった。
朝起きたときから部屋に差し込む日差しが明るく、それだけで嬉しい気持ちになった。

1月中ずっと食べ続けていた白いお餅で朝ごはんを済ませ、休日のルーティンをこなすため外に出る。
次の休日までの食料調達に出かけるのは、いつも午前中だ。スーパーというものは大抵夕方に混み合うものだし、すべきことは朝のうちにさっさと終わらせて、後は好きなことを何の気兼ねもなく楽しみたいから。

冬の午前はいつも寒さが厳しいものだけど、その日は澄んだ空気の清々しさを感じられる余裕があった。モコモコの上着と暖房のきいた部屋であたためられた体にはむしろ寒さが心地よく、駅の中を通れば外気に晒されずに済むスーパーへの道のりを、あえて駅を通らずに歩くことにした。

お気に入りの音楽を聴きながら、真っ白な雪道をお散歩気分で歩く。そう、わたしは雪景色がとても好きなのだ。冬が好きな一番大きな理由がこれである。道を囲うように、人の背丈にも届くほど積み上がった雪の壁を眺めながら歩いていると、子供の頃のようについ心が踊る。…もう、雪の中に飛び込んだり、雪玉を作ってぶつけ合ったり、丘の頂上からそりで滑り降りたりして遊ぶこともなくなってしまったのに、雪が好きな気持ちは子供の頃から変わっていない。

穏やかな気候の中を雪に囲まれて歩くのがあまりに気持ちよかったものだから、掃除と洗濯を済ませると、わたしはまた外に出かけていた。

今度はスーパーも通り過ぎてまだまだ歩き、行ったことのなかったとある小さなカフェを目指して歩く。
どうやらコーヒーの美味しい個人経営のカフェがあるらしく、ネットで調べた地図を見ながら橋を渡り、広い道路を横断し、坂の多い住宅街に入っていく。

わりと大きめな音を立てる引き戸を開けて、久しぶりに「初めて行くカフェ」に足を踏み入れた。中に入った瞬間の緊張感とワクワクがなんだか懐かしい。最近、カフェを開拓するという趣味から遠ざかっていたから。

そのカフェは、こじんまりとした隠れ家のような場所だった。席数は少なく、先客は常連客らしいおじいさんが一人だけ。そわそわしながら指定された席に座ると、お水と一緒に手書きのメニューがテーブルに置かれた。

そこそこお腹が空いていたけど、なんとなくケーキとコーヒーのセットを選んでしまう。お店の入口にも、カウンターの上からぶら下がったボードにも、「本日のケーキ」が書き並べられていたから。

その中からわたしはチーズケーキを選び、ゆっくり味わって食べた。コーヒーも、ケーキも、とても美味しかった。食べながら、常連のおじいさんと店長らしき人が音楽の話をしているのをぼーっと聞いていた。見知らぬ場所で、見知らぬ人達の親しげな会話を、一人取り残されたような、忘れられたような気持ちで聞いている。なんだか不思議な時間だった。

ケーキを食べ終えたら、コーヒーを飲みながら少しだけ本を読み、カフェを後にする。…もしこれが、冷たい風の吹くとても寒い日だったら、どんよりと重たく垂れ込めた曇り空の日だったら、降りしきる雨の日だったら、わたしは寂しいような、心細いような気持ちで帰り道を歩いていたかもしれない。

小さくて親密な空間の中に、1人きりで混じっていくのはいつだって少し怖い。でも、行き帰りの雪道が美しくて、あたたかくて、幸せだったから、わたしの心は不思議な高揚感に満たされていた。

チーズケーキだけではお腹いっぱいにはなれなかったので、途中にあったコンビニでコロッケパンを買う。美しい雪景色を見ながら外で食べたかったわたしは、歩道橋の階段に寄りかかって、車の音と鳥の鳴き声を聴きながらコロッケパンを食べた。

近所にある海が見える公園で、柵に寄りかかって海を見ながら食べたかったけど、除雪されていない園内を掻き分けて歩くわけにはいかず断念。

こんな中途半端な場所で、一人でご飯を食べようとする人間なんてそうそういないのだろうと思い、我ながら笑えてくる。ましてやこんな真冬のさ中に。…でもわたしは、もう少し、この冬の澄んだ空気を吸い込んでいたいと、雪の中に囲まれていたいと思ったのだ。

コロッケパンと冬の空気を味わっていると、そのうちにカラスが近くに下りてきて食べこぼしを狙い始めたので、4分の1ほどを残してパンを袋に戻し、ようやく家路につく。高校生の頃、うっかりカラスの巣の下を通って頭を蹴っ飛ばされたことがあるので、未だにカラスが近くにいると怖いのだ。

寒い部屋は嫌いなのに、外が少しくらい寒くても平気なのはどうしてなんだろう。
これも、雪国に生まれて、雪を愛して育ってきた人間ゆえの性なのかな。以前から、一緒にいる人が「寒っ!」と騒いでいても「そんなに?」と平然としているようなところがあった。どうやらわたしは人より寒さに強いみたいだから、冬や雪と相性がいいのかもしれない。

こんなことを書いている今日は、どんよりと曇ったとても寒々しい日だったけど、こんな日がこれから何日続こうと、わたしは「冬が好き」と言い続けるのだろう。

晴れた日の澄んだ空気と真っ白な雪の美しさを知っているから。

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