ガラスの物性を決める原子レベルの構造
ガラスは非晶質体であり、その原子構造は規則性がなくランダムであるとされています。しかしガラスの成分(組成)や成型方法、温度履歴によって特徴的な原子構造を形成し、これがガラス材料全体の物性に大きな影響を与えることが知られています。
なぜガラスの構造は温度履歴に依存するのでしょうか。そもそもガラスとは、結晶より自由エネルギーが高く(不安定)、無秩序な原子配列をとる固体です。 これは融液を急冷した時、急激な粘度の増大により原子配置が安定な位置に追従ができなくなり、準安定状態をとるからです。つまり室温で固体となっているガラスの原子配列は、高温で熱エネルギーが高い時の構造をそのまま反映しています。冷却速度が遅いと原子配列は安定な状態に緩和し始めます。場合によっては冷却途中に安定な結晶状態(安定な周期構造を指す)や相分離(水と油のように2種類の組成のガラスがはじきあう)が生じることもあります。冷却速度が速すぎると、ガラスの表面と内部で冷却速度が異なり熱収縮による応力が生じ、非常に割れやすいガラスが出来上がります。このようにガラスの熱履歴は最終的に得られるガラスの品質を決める上で非常に重要な要素のひとつです。ガラスの原子構造の特徴の中でも、全体の物性に大きな影響を及ぼし、なおかつ数値による評価が可能な要素をひとつご紹介します。
シリカ(SiO2)の架橋数はガラスの強度や密度と概ね比例関係にあります。シリカはガラスの代表的な網目形成酸化物です。ガラス中では4つのO原子を頂点とする四面体の中心にSi原子が存在しています(SiO4四面体と呼びます)。Si-O間は共有結合でつながれています。O原子は価電子の数に基づき2つのSi原子と結合を形成することができるので、四面体同士は繋がることができ、この四面体が空間的にランダムに連なることで網目構造を形成します。しかしO原子は必ずしも2つのSi原子と結合するわけではなく、1つのSi原子と結合して結合に使わない電子を1つ余分に持ったまま非架橋酸素となることがあります。この四面体の酸素原子のうち、架橋酸素の個数をn(0≦n≦4)として架橋数をQnと表記します。Q4の割合が高い、すなわち連結しているSiO4四面体が多いほどガラスは安定で高強度になります。
純粋なSiO2ガラス中では常温常圧でもQ4の割合が非常に高い状態で安定となります。修飾酸化物(例:アルカリ酸化物)を添加することによりSi-O-Si結合が切断され、非架橋酸素が生成します。非架橋酸素が増える(n低下)のは悪いことばかりですなく、融点を下げ加工を容易にします。修飾酸化物の添加以外にも、冷却速度や溶融温度によって最終的に得られるガラスのQn分率は変動します。また、高温下での融液も室温のガラスとは異なる結合状態を持つことが知られています。
ガラス中のQn分率を測定する一般的な手法として、ラマン分光法または赤外分光法が挙げられます。ラマン分光法では Q3, Q2に対応するピークを検出することができます。ピークの面積比からQn分率を算出できるが、それぞれのピーク位置は近いため、ピーク分離を行う必要があります。ラマン分光法ではほかにもSiO4四面体により形成される環状構造のうち、3員環および4員環に帰属されるピークを検出することができます。赤外分光法ではSi-O-Si結合の非対称伸縮が明瞭に検出することができますが、このピークの位置によってnの増減を計ることができます。各nに帰属できるピーク位置が非常に近いため正確なQn分率を算出するのは困難ですが、このピーク位置とシリケートガラスの密度は非常に良い相関を持つことが知られています。
このように分光学的手法で得られる結合の情報から網目構造の特徴を捉え、物性値との相関を調べることで物性変化の原理を予測することができます。物性を制御する際には材料の成分ばかりが注目されがちですが、ガラスはそのランダムで連続的に構造が変化する特徴により熱履歴も重点的に考慮する必要があります。