こだわるためにこだわりを手放すこと〜体育論文より〜#213
みなさん、おはようございます。(こんにちは。)(こんばんは。)
先日、少し気持ちが落ちたという記事を書きましたが👇、今は無事に復活しております
というのも、ミニマルな生活をするために数日かけてモノを断捨離しました。
その時に、肩の荷を下ろす感覚で気持ちの断捨離もできたような気がしています。
さて、今日も体育論文についての記事を書いていこうと思います。
今日の論文はこちらです。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcrdajp/42/4/42_11/_pdf
毎度のこと、詳しくはリンクから実際の論文を読んでいただけたらと思いますが、論文はちょっと、、、という人のためにもこの記事を書いてるところがあります。
では、この論文をざっくりと説明しますね。
先行研究の中で、小学校教師の体育指導の自信や不安、授業観に関する研究があり、そこで体育指導へ苦手意識を持つ教師が多いことが報告されています。(特に女性)
また、全ての教科を指導する状況に置いて、体育授業は、いわゆる主要5教科に比べて教育的価値の認識にも課題が見られる上に、
他の教科の学習に集中させるための気晴らしの時間と捉えられたり、ただ児童に運動をさせるだけの時間になったりしていることも報告されています。
さらに体育指導に関する経験や研修機会が不十分で、そのことで体育授業の質の低下が生じることも明らかになっています。
(体育の教育的価値を認めてる教師であっても、実際の体育授業の質を高める取り組みの継続できていないケースも多々あります)
そこで、本研究では、体育授業における教師の指導力向上及び授業の質の向上のためにも、
小学校の体育授業に対するコミットメントを阻害する要因を検討している
というわけです。
では、いきなり論文の結論にいきますね。
(論文の場合は、順を追って説明するのがよいのかもしれませんが結論から書くスタイルです。)
分析の結果、阻害要因は大きく二つに分けられました。
それが、
『環境的要因』と『個人的要因』
です。
環境的要因はさらに、「職場環境」と「研修機会」に分けられて、
個人的要因は、「着任前の経験」と「体育指導技術や信念」に分けられます。
さらに詳しくは下の図をご覧ください。
さて、環境的要因から詳しく説明していきます。
ここにある職場環境は、「学校での職務」や「同僚教師が体育授業への取り組みに与える影響」を指しています。
ここでは、やはり『職務の多忙感』が大きな影響を与えています。
特に小学校となると、体育のみではなく、全教科の指導も必要なことに加えて、生徒指導や学級経営、様々な校務分掌を担っており、体育の教材研究にかける時間は限られていて、このような点がまず、体育授業に関する学習機会の少なさの要因になります。
さらに体育授業の授業力向上への意欲が高い教師が、学校組織の中で体育授業へのコミットメントを困難にしている例も示唆されています。
要するに、体育授業に対する教育観の違いが原因です。
また教師集団の和を重視するあまり、自分の意見や主張を出しにくい同調圧力のある教師文化にも触れられています。
ここでは二つのケースが考えられます。
一つは、ミドルやベテランの体育に精通した教員が、自分の体育への教育観を若手に押し付けてしまうパターン。
もう一つは、若手の体育に精通した教員が、体育に対する教育的価値を低く見積っているミドルやベテランの教員に、体育授業に対する提案を潰されるパターンです。
次に個人的要因についてです。
多忙な職務の中では、教材研究や準備の時間も限られているために、「体育授業を重視するかどうかは、体育授業の教育的価値に対する教師の信念が関わる」と考えられています。
そこで、体育の指導内容に対する認識の不明確さについて報告されており、それは「教師自身の受けてきた体育授業の経験」や、「教員養成課程での体育指導に関する学修の不十分さ」に一因があるとなっています。
結果的に、体育指導に自信や関心が持てなくなり、苦手意識から体育授業へのコミットメントは低下します。
これがまた研修への参加や、同僚教師との学び合いを妨げて、ますます学習機会の減少を起こす連鎖になっていくというわけです。
実際の論文では、総括や今後の課題が書かれていますが、
ここから自分の考えを書こうと思います。
今回の論文で、自分が考えたことは、体育専門で体育主任という立場で長年いたからこそ考えたこれからの体育授業のことです。(自分の中での)
それは、
体育授業や指導へのこだわりを押し付けず、短時間で手軽にできる授業づくり(単元づくり)を提案していく必要がある
ということです。
やはりこの多忙な中でも、全教科を教えなければならないならば、体育だけに時間をかけていられません。
そりゃ専門教科である以上、体育に対するこだわりは自分もあります。
しかし、そのこだわりが、同じように体育を教える立場である同僚教師の重荷になったり、ましてや体育に対する嫌悪感を増長してしまっては本末転倒です。
だからこそ、もっと「手軽にできる体育授業を提案していく必要がある」と思います。
こだわるためにこだわりを手放す
とでもいったらよいでしょうか。
まずは、その手軽さで体育授業や指導に対するハードルを下げて嫌悪感を無くして、あわよくば、そこでの成功体験すらも味わってほしいと思っています。
(専門性を十分に生かし、時間をかけて練られた圧倒的な成果を出すような体育授業を否定しているわけではありません。)
もちろん体育授業も他な教科と同じように、簡単に、効果的なよい授業づくりができるほど甘くないのは重々承知の上です。
ただ、とにかく教師にも子どもたちにもいい意味で
「分かりやすくする」
分かりやすさは、苦手意識を和らげてくれる効果があります。
そのために、
授業の中で、
どんな場で、どんなルールのもとに、どんな活動をすればよいか?
が明確になっている必要があります。
なんなら動画などで分かりやすく示されていて、それを子どもたちも一緒に共有できているとよいと思います。
せっかく一人一台の端末もあることですしね。
そして、土台には、
・運動を楽しむ
・技能だけにこだわらない
・安心安全
このあたりは外すことなく固めたいところです。
長くなったのでこの辺りで終わりたいと思います。
最後に、教科担任制における体育専科もこれからの体育授業を考える上では、一つの手段だとは思いますが、それにしてはまだまだその環境が整っているとは言い難いですし、安易に導入すべきでもないと思っています。
中学校や高校との文化の違いをしっかりと明確にした上での導入こそが、他の教科と同じく、体育でも教科担任制が最も効果を発揮することに繋がるのではないかと考えます。
というわけで、今日の記事は終わりです。
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では、今日も一日ご機嫌で✨
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