【短編小説】見
動画投稿サイトで可愛らしい音楽に合わせて踊る可愛い女の子。
シーナこと羽田椎菜は私の友達だ。
彼女はこの界隈でちょっとした有名人である。流行りの音楽に合わせた動画が度々バズっている。
今日もコメント欄は称賛の嵐だった。
ピコン
21時過ぎ。動画を見ているとライーンの通知音が鳴った。
見てみるとグループへの招待だった。
仲良し4人組のグループは既にあるはずなのに誰か機種変でもしたのかな、と思いながらグループに入会した。
すぐに違和感を感じたのは椎菜がいないからだと気がついた。
私たちは美和と弓華、私、そして椎菜の4人グループのはずなのに。
ピコン
「うわ…。」
彼女抜きのグループが作られたのだ。既読が付いてしまっているためどう返そうか迷っていると
怒号のスタンプ攻撃が始まった。
「やっば。」
私は慌てて返信した。すぐに既読が付く。
『美和、弓華…どうしちゃったの?』
普段の彼女たちは明るく社交的で人の悪口など言わない。
そのためショックは大きかった。
――
「ねぇ!ねぇってば!聞こえてますかー?」
1時間目の休み時間、椎菜がそう言いながら私たちのところへ来た。
「……。」
「……でさー。昨日のあれ!ウケたよね。」
朝からこんな感じだ。彼女をひと睨みした後、普段どおりに話す美和。
「も、もーう!どしたの?朝からシカトしてさ。引っかからないぞ?」
椎菜はドッキリか何かだと思っているらしい。
「…弓華、夏姫。トイレ行こっ!」
「えっ…ねぇねぇドッキリっしょ?でもさすがにそれおもんないから。待ちなって〜。」
彼女は少しは困った顔をしながら、私たちの後を追おうとしたその時であった。
「あーあ!!うっざ!!誰かさんがいるとテンション下がるー。」
美和が彼女にわざと聞こえるように大きな声で悪口を言い出した。
「それなー。」
「ちょっとTokTokバズったからってさ。」
便乗した弓華も加わり直接手を下さない攻撃が続く。
これまで和気あいあいとしていたクラス全体の空気がガラッと変わる。緊張が走っているのが伝わった。
「髪もほんのり染めちゃって。先生に叱られろー。」
「あ!次の授業ん時、教壇で踊ってほしいな!っつって!!」
弓華が彼女の踊りを大げさに真似ながら言う。
「やだー腹痛い!!」
きゃははははははは
「夏姫もほら!あいつの動画見てどう思った?」
「えっと…。」
椎菜の方をチラッと見た。しかしまともに顔を見れない。
ドンッ
「っ!」
弓華に小突かれた。
「どー思いましたか?って。」
「やめ…よ…。」
こんなのやめようよ…。でも声が出ない。怖い。
「それなー!やめてほしいよね!!踊り方がさ、クネクネしてていやらしいんだよ。そんなにヤりたいんか!欲求不満なんか?」
きゃはははははははははははははははははははは
最悪だ。
「あっそ…。」
青白い顔をした椎菜はそう呟き、そのまま席に戻り、机に突っ伏してしまった。
―それでも彼女は翌日も翌々日も負けじと学校に登校した。
美和たちはそれが気に入らなかったみたいで、毎日のように直接手を下さない攻撃を続けた。
「しつこーい。」
「黙って家でクネクネ踊っとれ。」
「加工外したらブスのくせに。みんな騙されてかわいそー。」
終いには
「椎菜はパパ活してるんだよ。」
「Zで裏垢女子アカウント持ってヤりたい募集してるんだって。」
「熱狂的なファンに手を出しているらしい。」
などデマ情報まで広めていった。
やがて、椎菜は空気のような存在になってしまった。
動画も次第に更新頻度が減り、いつの間にかアカウントも消えてしまった。
それでも彼女は学校を休まなかった。
しかし、ただでさえ細い体が更に痩せ始め、これまで美和たちを恐れ近づけなかったクラスの女子たちが
「椎菜ちゃん大丈夫?」
「これビタミン入りの飴だから。食べて?」
などと心配の言葉をかけ始めた。
私なんかよりもずっとずっと勇気がある。
「うっざ!」
「かまってちゃん乙で〜す。」
もうやめて。恥ずかしいから。その一言が言えない。
「…また始まったよ。」
「飽きないのかな…。」
いくら他の女子たちから冷ややかな目で見られようが美和たちの直接手を下さない攻撃は続いた。
「てかさ、夏姫ちゃん見てるだけじゃん。ある意味さ、一番タチ悪いよ。」
――
―3か月後、椎菜は屋上から飛んだ。
ちょうど下校時間で学校から出た私は彼女の亡き骸を見てしまった。
落ちて間もなかった彼女は痙攣しながら笑っていた。
体があらぬ方向に曲がっており、まるであの日々のように笑顔で踊っているようだった。
周囲がパニックになっている中、私は震えながらただ見ることしかできなかった。
きれいに並べてあった靴のそばにあった遺書には両親への感謝と謝罪のみが綴られていたそうだ。
なんで?
――
周囲の環境がひと通り落ち着いた頃、美和がぽつりと呟いた。
「今からすごく縁起悪い話するけどさ、遺書にうちらの名前とか書いてなくてちょっと安心…したかも。」
「そだね。捕まってからSNSで特定とかされたら…もう生きてけないよ…。」
結局自分たちの心配ばかり。あぁ、私もか。
「椎菜の優しさに感謝だね。」
「夏姫は裏切らないよね言わないよね?」
「そこは心配ないよ…」
「だって、夏姫だもん。」
その一言で何かがキレた。確かに私は断われない優柔不断な性格だ。見てるだけの臆病者。
彼女に掴みかかりたい衝動にかられたが、結局できなかった。
――
「あそこのクレープ、映えるんだって。不味いらしいけど。」
「えー!行く!」
私は結局、その後も2人にしがみついている。いや、今は1人になるのが怖い。
あれから私たち3人はクラス全体、特に女子たちから更に冷ややかな目で見られている。羽田椎菜を殺した奴らとして。
「もったいなくない?お金ドブに捨てるようなもんだよ。」
「夏姫は真面目だな~。そこにゴミ箱あっから良くない?」
「そっか!あはは…は…」
バキ…バキバキバキ…
遠くの方で街の音に合わせて誰かが踊っている。
首は360度くるくる回って、手足はあらぬ方向に曲がってる。目と口の中は空洞だが面影が残っている。
「し、椎菜…?」
真っ黒の目と目が合うと、こちらに向かって来た。
そして手を伸ばしてきた。
私を連れて行こうとしている?
手を伸ばそうとしたら彼女は華麗にその手をかわし、彼女はくすっと笑いながら呟いた。
『ナツキハミテテ。』
そして彼女は前を歩いている美和と弓華の手をとった。
そして3人で踊り始めた。
「え!?何何何…うぎゃぁぁぁぁあ!!!」
「あぎあぁぁぁー痛い痛い!!!」
2人の体はバキバキ音を立てながらあらぬ方向へ曲がっていった。
それでもお構いなしに好き放題動く彼女はとても生き生きしていた。
気がついたら、体のあらゆる骨を折られてふにゃふにゃになった美和と弓華は踊っているかのようにアスファルトの上に横たわっていた。
「きゃあぁぁぁー!!何なの!!」
「どっから落ちたの?」
「おい!救急車!!」
心肺蘇生をしながらおじさんがなんか言っているがもう遅いだろう。
「そこの女の子だよ!!何ボーっと見てるんだ!!早く呼んで!!」
「あーはい!僕が呼びます!!」
周囲がパニックになっている中、私はその様子をただ指を加えて見ることしかできなかった。
なんで?
「あ、あの!」
私も踊りたいのに。椎菜。
「んだよ!!邪魔すんな!!」
私は勇気を振り絞って言った。
「やめましょうよ。」
―終わり―
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