
楽屋というタイムマシン【モントリオール】旅の私小説「喜悦旅游」#29
2024年4月26日土曜日。朝から、再びモン・ロワイヤルの稽古場に行く。Bagel Burlesque Expoの本番を前にして、ホリーと最終的な稽古だ。
稽古場に着くと、ホリーはすでにロビーにいた。
「コーヒーでも買いに行く?」
「いいね。」
街角のコーヒーショップは、朝早くから賑わっている。テイクアウトでそれぞれのコーヒーを頼み、稽古場に戻ってコーヒーブレイク兼打ち合わせ。お互いの衣装の確認、振り付けの確認、そしてわたしが担当する英語のMCと、ホリーが担当するフランス語のMCをどう展開していくか、出演者全員の香盤(出演順)とそれぞれの芸名、出身地、特徴を確認しながら打ち合わせていく。3時間の稽古は、あっという間だ。

タクシーを捕まえて、プラスデザール駅前にある会場に向かう。MCの楽屋は舞台袖の真横で、出演する全ての演者と、ステージキティン(舞台上の衣装小道具を配置、設営する役)と直前まで連携を取り合うのだ。MCは基本的に全ての演者のリハーサルを袖から見ているので、支度や食事にまとまった時間はなく、合間合間に、できるだけ早く行う。

現役時代のわたしは、いったん楽屋に入ったら、出番が終わるまで食べないほうだった。最近はお腹が普通に空く日常生活を生きていたが、この日はなぜかお腹が空かなかった。
楽屋というのは面白いもので、一瞬で時空を超えていく。素顔の演者が、キャラクターとなって行き、舞台ではなかったものが作り上げられる。タイムマシンの入り口のようなものだから、わたしの胃袋まで昔の時空に戻ったのかもしれない。
実際、いざ舞台に立つと、何もかもが一瞬のうちに蘇った。ああ、こういうことをずっとしていたんだな、という感覚。お客様とのコミュニケーション。自分はこの日の舞台で、全ての出番が終わる。

中断し、凍結した時間が一気に動く、そして、一区切りとなる…なんて感慨は、舞台上に立っている間はもちろん抱くこともなく、ただその瞬間に存在した。全ての演者のエネルギーを招き入れる、MCの仕事。いい仕事だと思った。かつて新人の頃、世界の名MCを見て、自分には到底無理だと思っていた。しかし、気づいたらそこにいて、多くのエネルギーが動く瞬間に立ち会えた。幸せなことだ。
MCは劇場内をよく見渡せる。盛田さんが見えた。盛田さんは、今回オフィシャルのカメラマンの一人として、参加してくれている。奇遇な縁で出会った旅の道連れが、かつてのわたしの時空にいて、あたらしく活動しているという不思議さを感じる。

終演後、沢山のお客様、友人たちに再会した。モントリオールで初めて出演した2008年からの全ての縁が、一気に押し寄せてくる感じ。動き出す時間、交差する時間。わたしは、確かにここ、モントリオールにいたのだ。この街から次のあるべき場所に、新たに出発するのだ。
荷物をさっとまとめ、化粧も落とさぬまま、楽屋を出る。夜風に吹かれて初めて、色々な感情と感慨が押し寄せた。そして、お腹がぐうっと鳴った。