St.Henriのアイスラテ【モントリオール】旅の私小説「喜悦旅游」#26
市場に背を向け、とりあえずサン・ヘンリー方面に向けて歩き出す。
しばし歩くと、グリーンスポットが見えてきた。
昔ながらのダイナーで、ターキーサンドにグレービーソースがたっぷりかかったものが名物。グリーンピースが2、3個上に乗っていたっけ。
そうそう、ここ、ここ。ショーの後、近所のジャズメンや踊り子と、夜遅くにちょっとジャンクなものを食べたりしていた。そういうのに丁度いい店だった。
グリーンスポットは昔のままだったが、周囲の店はオシャレな雰囲気だった。
街は生き物で、変化して当然だ。
だけど少々センチメンタルな気分になる。この先数ブロック行くと、かつて大好きだった場所に差し掛かるからだ。
13年前、この界隈で若者たちが焙煎所とコーヒーが飲めるちょっとした店を開いた。裸電球がぶら下がり、椅子はどうみても教会からもらってきたもの。(背中に聖書置きがついている。)お世辞にもゴージャスとは言えない。
だけど、彼らは情熱に満ちていて、コーヒーを全然知らない近所の人に、せっせと提供し、時にはコーヒーの魅力やフェアトレードについて熱弁を振るった。
開店当日、たまたま通りかかったわたしも、その恩恵を受けたひとり。毎日のようにいい時間を過ごした。
しかし、その店でアルバイトしていた子から、「成功したら家賃を上げられて、ここからは撤退することになったの」と、日本に帰るときに聞いていた。
いっても、何もない。そうわかっていて歩くのは、ちょっとせつないな。
そんなことを考えて、ちょっと伏目がちに歩いていた。すると、盛田さんが突然声を上げた。
「これってもしかして、前言ってたカフェじゃない?」
顔を上げる。
すると、まごうことなき、カフェ・サンヘンリーのロゴがあるではないか!
驚くべきことに、彼らは成功し、カムバックしたのだ。
店の内装は、ほとんど変わらない。
ほんの少しだけ小綺麗になっているが、相変わらずちょっとガタつくテーブル、教会の椅子。そして奥には焙煎機。嬉しくて、店のお姉さんに話しかけてみる。
かつて、開店した当日のエピソードを話し、彼らは元気かと尋ねる。
するとお姉さんは、「オーナーは、あまりここのお店には来ないんですよ。でも、嬉しいお話です。シェアしておきますね」と言ってくれた。
良かった!あの日の若者たちは、大成功したのだ!
それだけで、嬉しかった。
久々に、この店でアイスラテを頼む。
ちょっと寒いけれど、13年前の暑い夏に初めて頼んだのと同じメニューだ。
ふと思う。
かつて感じた「ここが約束の地だ」という思いは、「またいつかここから、新たな出発をするよ」という約束を、自分が自分に送っていたものだったのかもしれない。
味わい深い瞬間だった。
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