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旅の合間に|旅の私小説「喜悦旅游」#23

 私の街で桜が開花した朝、盛田さんからメールが届いた。

 「丸18年分を1週間で片付けたよ」

 盛田さんは、北鎌倉で営んでいた美容室「盛田」を閉めた。絶え間なく盛業であり、予約の取れない繁盛店だった。繁盛店の後にお店が入ると、とても縁起がいいと聞く。同店の跡地に開業される方も決まっているというが、幸先の良いスタートを切ることができるだろう。

 しかし、普通こんなことが起こり得るだろうか。全てが一気に進んでいる。絵を描き始めたと思ったら、途端に各方面から高い評価を得はじめる。閉業を決めたと思ったら、バトンタッチする美容師さんが見つかる。それが決まるやいなや、海外でのお誘いが次々に飛び込み、決まっていく…まるで、この時を待っていたかのように。

 3月は、正直怒涛だった。一番大変だったのは盛田さんだ。予約が限界までいっぱいの美容室でクオリティの高い仕事を行い、絵を描き、閉業後の道をつけ、なおかつ、神戸でRaymmaの営業をしている。そこに海外のお話が飛び込んできて、契約書の確認、準備作業に追われていた。

 わたしもまた、それに伴って怒涛の翻訳作業に追われていた。奇遇なことに、並行して自分自身も、個人的な18年間の歩みの総決算のような準備をしていた。まもなく、海外活動の拠点としていた街でMCをすることになっている。ドレス、宝石、靴、ネイル、アイラッシュ、ラインストーンのついたストッキング…日々淡々と、こういったものを準備、制作する日々。

Photo by Satoshi Morita

 海外での18年を総決算する人、18年を総決算して、海外を視野に入れた活動が始まる人。3月のRaymmaは、「18年」というキーワードで、時が交差していた。そして4月となり、冒頭のメールが盛田さんから届いたのである。

 今年の桜は、咲くのがゆっくりだった。しかし、一度咲き始めたら、一気に満開となった。そして間もなく桜吹雪となり、花びらはあらゆるところに広がっていくだろう。

 桜を見るたびに、思い出すことがある。かつて、ソロパフォーマーとして初めて海外のステージに立った時、全体的に決して成功とは言えなかった。様々な思いを胸に抱えて帰国した時に、住んでいた浅草は雨。曇天の水溜まりに桜吹雪が散っていた。この時のことを初心として忘れないように、芸名を桜吹雪にちなんだものに変えた。

 時はめぐり、桜は青空に映えている。
 かつてはかつて、いまはいま。
 あたらしい旅が始まる予感。

 Raymmaにとって初めてとなる海外活動は、かつてわたしが拠点としていた街から始まる。かたちは違うものの、二人ともアーティストとしての活動だ。こうなることは、誰も予測していなかった。共通項であるヘッドの施術、すなわちセラピーとして始まったわたしたちの活動は、大きく変容し始めている。いまや、旅の道連れであることだけが、当初から一貫することだった。

 これから訪れる街は、今年は雪の当たり年で、先週は桜吹雪ならぬ本物の吹雪に見舞われたらしい。2週間後は、どうなっているのだろうか。その街で体験する春が、いまから待ちどおしい。


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