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Photo by
nanapachi78
蒼穹の歌
僕を世界から隠すように、世界を僕から隠すように、街に霧がかかっている。湿気を吸って湿気を吐くような心地悪さを口の中で転がしながら、僕は自転車にまたがっていつも通りあの場所へ向かう。
すれ違う人はその3秒前になってやっと顔の判別がつくような状態だ。2、3歩前までがギリギリ見えるくらいでその先は何も見えない。だが不安は感じない。もうずっと昔からこうだ。半径1.5m以上外の世界には興味がない。そしてその領域の中に全てを詰め込んで周りと自分を分け隔てようとする。ただ、あの空だけは別なのだ。一度だけ見た、あの青空だけは。
僕らは晴れた空を見たことがない。だが、「晴れた空」を知っている。人の想像力とは残酷なものだ。与えられた力のその代償に、今と想像との違いに心が壊されかける。人は希望に生かされているのに、その希望が陽炎のように儚いものであることを知らない。
長いこと共に過ごしてきたこの心地悪さでさえも、僕は表面的なことしか知らない。隣にいるのに、隣にいない。僕は何を不快に感じていたのだろう。僕らはなにを想像したのだろう。
見えないからこそ想像をして、想像をするからこそ見えなくなる。きっと始めから明日も希望も見えちゃいなかった。ただ、そこにあると思い込んでいただけだ。
想像は自由だ。その世界ではすべてが可能だ。だが現実には霧がかかる。雲が遮る。雨が塞ぐ。
僕らの思う蒼い空、その蒼穹に思いを馳せながら、僕はまた霧の中を進む。先が見えないと嘆きながら。