魔王シュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタムの休日 #同じテーマで小説を書こう
『絶命氷域』シュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタムは魔王である。魔王だが、今日は休日として過ごすことにした。
「もうダメ……今日はお開きです」
銀糸の髪の美しい、人間の女性に類似した風貌に白亜のドレスをまとった彼女は、実際のところ氷雪系の魔族から排出された第65535代目の魔王である。
先代魔王たる『猛る煉獄の覇者』アップルタル・デーザト・リ・カテドーラ七世が人間界の疫病禍にかこつけて人類侵略しようとしたところ、魔王の因縁たる勇者……ではなく、全然関係ないぽっと出の小説作家に側近ごとボコボコにされ敗退壊滅、のち意気消沈してシュピナートヌィに王位を押し付け……もとい譲ったのであった。
「どうして、どうしてただの作家があんな理不尽な強さなのだ……」
魔界病院で伏せるアップルタルのつぶやきがシュピナートヌィの思考に反響する。警戒すべきは宿敵である勇者だけではない。最近のじんるいは数が増えすぎて乱数がぴたりと一致した結果、運命の偶然で魔族でも手に余る怪物がちょいちょい発生している。それが魔界参謀オー・コメツ伯爵の分析であった。
シュピナートヌィは魔界テレワーク向けに着飾ったドレスを丁寧に脱いで雪だるま柄の寝間着を羽織ると、天蓋ベッドに身を投げ出してゴロゴロふてくされた。
「人間界の夏はどうしてこんなにも熱いのでしょう……」
炎熱系の魔族であれば快適なサウナのようなモノかもしれなかったが、ことジャポンのコンクリートジャングルから発せられるじんわりとした高温多湿の夏は、ひんやり属性のシュピナートヌィにはことさら厳しい環境である。彼女の弱点倍率にして200%を越えており、日照りが入ったほのお属性とかぶつけられたらひとたまりもないだろう。2かける2かける1.5いこーる6倍のダメージとなり格下相手でも確一をとられかねない。
そんなジャッポーンの夏は深海で息を止めながら牡蠣を食べるような環境であるところの彼女が、わざわざ魔界リモートワークを駆使してわざわざ人間界に潜伏しているのはひとえに。
「八咫様はご健勝でしょうか……」
当代勇者、八咫紅郎の動向を気にかけてのことであった。
壊滅した魔王軍の立て直しに、不満あふれる魔界統治、能力はないがやる気だけはあるクソデカ厄介古参や老害無能魔族などなど……そういう厄災をなんとかどうにか押し込め、人間界を攻略するにはまず人間界を知ることとかいい感じの建前を取り付け、彼女は意中の相手にちょっとでも近づくべく努力しているのだ。だがしかして、
「あんまり上手くいっておりませんが……」
肝心の紅郎とはまだ連絡手段を交換するとこまでも進めておらず、今も空虚なスマホをぽちぽちしながら、いつかこの高級かまぼこ板で付かず離れずのやり取りがしたいなどと夢想するありさまであった。
と、そこに玄関のベルが鳴る。クーラーと遮光カーテンを貫いて室温を上げる太陽相手にふらつきながら、ぼんやりとした頭でドアを開けるシュピナートヌィ。そして次の瞬間、硬直した。
「満身が過ぎるぞ魔王、俺が刺客ならこの場で一突きして何もかも終わるところだ」
そこに立っていたのは癖の強い黒髪に、現代人にあるまじき屈強な肉体がツナギの上からでもわかる美丈夫。シュピナートヌィの想い人、八咫紅郎であった。寝間着姿で応対している事実に白磁の肌を熱赤化させ、慌ててドアをしめる。
「しょ、少々お時間をください!」
「おう、何時間でもまつぞ」
およそ五分、羞恥でしゃきっとしたシュピナートヌィは普段のドレスに着替え、化粧いらずの整った顔立ちを引き締め、気を取り直してドアを開ける。
「よくぞ参られました、緋の勇者、八咫紅郎。私達は不倶戴天の宿敵にして……」
「いい、いい、今日はそういうので来たんじゃない。行くぞ」
「行く?どちらへ?」
「ついてからのお楽しみだ」
そう答えて、紅郎は白雪よりなお白いシュピナートヌィの手を取った。
―――――
「すずしい……」
「そうか、涼しいか。なら良い」
日傘の影に隠れてひとけの無い電車を乗り継ぎ、シュピナートヌィが連れて来られたのは、都市部とはうってかわって涼やかな風が吹く緑の里山だった。背の高いきゅうり畑の合間を緑風が吹き抜け、シュピナートヌィの紅く火照た頬をなでていく。
無人の駅を出てれば、一面の稲穂が風に凪がれ、沿道にぽつぽつと咲くひまわりが夏の終りを告げていた。そうして紅郎に連れられてきた先は湖畔のウッドロッジで、水辺に向けて突き出たデッキのイスにつけば一面の冷気が彼女を出迎える。
「あの、どうしてここに?」
「この前顔をあわせた時、熱さでふらふらしていただろう。だからだ」
「でも、私魔王ですが……」
「魔王だろうと、窮地にある時は助ける。それが真の男だ」
そう言ってスイカの切り身を差し出した紅郎の顔をまともに見れず、シュピナートヌィはスイカを受け取ってはスプーンで赤い先端をすくった。甘い。
「魔王、ここには気が済むまでいるといい」
「シュピナートヌィ、ですわ」
「んむ?」
「魔王は役職名です、私の名前はシュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタム32世。どうか、今は名前を読んでくださいまし、紅郎様」
「……シュピナートヌィ」
「ふふ、ありがとうございます」
日はまだ高い。空にはうず高くつまれたカキ氷のような積乱雲が、青空を占拠していた。
【魔王シュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタムの休日:終り】
本作品は以下の企画の参加作品です。
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