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しょうしゅ君、どこから来たの【①ステルス段差編】

noteで闇夜のカラスと名乗っている、おばさんであるところの私は、左足がうまく動かない。

四年くらい前の、コロナ禍のはじまりの頃。胃潰瘍と、三か月続くひどい腰痛と、子宮筋腫(しきゅうきんしゅ)とが、いっぺんに押し寄せた時期があった。
胃カメラの苦しさに悶え、胃潰瘍とピロリ菌に薬で対応し、倦怠感と動悸がひどくなり婦人科で検査をし、子宮周りをMRIで撮影し、最初の入院でひと晩じゅう鉄剤を点滴、二度目の入院で手術……生涯のなかでこれほど病院と薬局と自宅を往復したことはなかった。
あまり風邪もひかず、毎春の花粉症以外とくに困ることがなかった私は震えおののいた。せめてシャアっぽく呟いてみよう。『これが加齢か』
歳をとるって、徐々に弱っていくようなイメージをぼんやり持っていたけど、ある晴れた日にいっぺんに来るものなのね。ある晴れた日に、丘の向こうからやって来たのはピンカートンではなく寄る年波でした〜みたいな。

その頃から左足がうまく動かせなくなった。かかとを持ち上げる力がうまく入らない感じ。踏ん張りが効かないというか。で、その場でジャンプしたり走ったりできなくなった。踏み込む力が弱くなったせいかスムーズに歩けないし、歩幅が狭くなって歩くスピードも遅くなり、しばらく歩くと負担がかかる右足だけがひどく疲れる。
近所の整形外科では「腰痛で筋力が低下したのと、ヘルニアの傾向があるせい」と言われて、湿布と、腰痛に効く体操のパンフレットを渡されて終わりだった。手術をした病院に訴えても「手術の影響ではないですね。症状は徐々に良くなっていくと思いますよ」とかなんとか、ろくに対応してもらえない。
けっこう愕然とした。例えば夏休み、近所の公園ではお年寄りも混じってラジオ体操が行われているけど、私はそれに参加できないレベルなのだ。片足で立ってもう一方の足をブラブラさせるとか、前屈からの上体そらしとか……数年前まで難なくこなしていた、それらの動きが、もうできない。


さらに時間が経つと、今度は転びやすくなった。
段差とは言えないような、わずかな地面の凸凹につまずいてしまう。
明らかな段差は目で見て気をつけられるので割と大丈夫なんだけど、こういう感じの石畳↓

で、何度か転んだ。私はステルス段差と呼んでいるが、こういう1cm以下の段差が意外と厄介なのだ。こんな身体になってみて初めて気がついたんだけど、商業施設の周囲にはいろんなバリエーションの石畳が、かなりある。なんと自宅のマンションも、出入り口はこのタイプの石畳で、カバンのなかの鍵を探しながら歩いて転んだことがあるのだった。とにかく何かをしながら歩くというのが危険だ。スマホの地図を見ながら歩くとかね。
いちばん困るのは、転んだ後に自力で起き上がるのが、かなり大変になってしまったこと。歩きにくくなったことであまり出歩かなくなり、加齢もあって両足の筋力が衰えてしまったのかもしれない。
出先で転んで、立ち上がれずにもがいて、通りすがりの人に助け起こしてもらう。そういうことが何度かあった。親切な人っていっぱいいますね。闇バイトとか高齢者を狙った詐欺とか、物騒なニュースも多いけど。いまの世のなか捨てたもんじゃないと思えてそれは良かった。良かったけれども、私は歩くのが怖くなってしまった。想像してみてほしい。ただでさえ思わぬところで転んでしまうのに、周りに人が居ない環境で一度でも転んだら、起き上がれないまま車にひかれる可能性だってあるのだ。まるでひっくり返された虫がジタバタもがいているうちに踏み潰されるみたいに。

すると私のなかで変化が起こった。
バスや車で移動している時でも、凸凹のない平坦な道を歩いている時でも。フラッシュバックのように自分がつまずく感覚や映像が頭をよぎるようになり、その度に身がすくむような感じがした。
中高年の人がスタスタ速足で歩いている姿や、若者がろくに足元を見ずに何かをしながら階段を駆け降りたりするのを羨望の眼差しで見るようになった。
実際に転ぶたびに決まって右膝を地面に打ちつけてしまうので、その部分の皮膚が薄くなったのか、ひどく擦りむいて流血するようになった。(ポケットティッシュと絆創膏を常に持ち歩くようになった)
同じ部分に怪我をするのを繰り返すうちに膝の骨が折れたりしたら、寝たきりになってしまうのでは…と、まるで高齢者のような心配を本気でしている。
寝たきりなんてまだまだウン十年先の景色だと思っていたら、玄関のど真ん中に居てビックリって感じ。いや、マズイだろ、非常にマズイ状況ですよ。

そんなわけで、ついに重すぎる腰をあげて脳神経外科の門を叩いた。
脳神経外科って、なんかドラマっぽい響きだよなとか、のんきなことを考えながら。

イケメン医師と脳神経外科編に続く(予定)→

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