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幻想小話 第四十話

女狐

紅紫
茜色
透明感と明るさが少なく、昼間と言うよりも
夕闇にかけての山や丘の向こうに広がる空の色
そして妖艶な女の色
人は魔性と言うと、どこかはき違えた認識を持ち、そんな称号を戴くと喜ぶような女もいる
鮮やかな緋の、太陽と生命の血液から生まれた巫女の、溢れる活力が動ならば静かなるものそれは
死にゆく魂を慰め、導く闇の不浄なものを引き受ける存在が日暮れ
人ははじめに自らの血を知り、温かく熱いそれは、失われれば痛くて寒く、人の心ノ臓を止めると知った
太陽のように、炎のように温めて、活力を与えるものと同じ緋の色
はじめに生まれた緋の後に、紅紫や茜色も生まれた
赤い紅葉や夕焼けの空の色
眩しすぎる緋の色よりも、心が洗われて涙をこぼしている
明けない夜はないけれど新しい朝よりも、またあす夕焼けが見れるかしらと、切なくなる
あの色は闇に溶け、姿を隠しても見えざるものには目印となる
唐紅の衣を纏う女は、慈悲深い
どこか懐かしいむかしの思い出がよみがえる、いつかどこかで見たひと
あやつこを額につけられた幼い私
花鈿をつけた美しい女性
美しいはずのそのひとの貌を、私は思い出せない
額の花鈿と口角の上がった微笑み
紅紫の着物
竹色と水色と桃色の縦筋の入った半襟
紺色に赤い花の帯
杏色の帯締め
顔だけが思い出せない
あやつこと頬に赤い模様を描いた白狐の面
顔を隠した子供は私だろうか
そのひともまた白狐の面をつけて
私の手を引いて縁日をゆく
私の宮詣りはいつだったか
どの宮さんだったか
時折、向こうに紅紫色の着物を見つけると
私は美しく優しいものに無条件に素直だった頃の
胸の高鳴りを瞬時に思い出す
懐かしいけれど知らないままで幸せなこともあろう
万代
あのひとの姿を見つけると、私の胸はぎゅうっと締め付けられ、切なくなるのだ
万代のすべてを知らないままでいるほうが
私は一番大切なものを喪わずに済むはずだ
時折痛む額の奥が、そう知らせてくれた
三六九の刻まれた墓石なのか、石碑なのか見かけてから
蜜柑の花の香りなのか白檀の線香の匂いなのか、ふと窓の外から入って来ることに気付いた
紅紫の着物のひとは
私を心配してそこに立っていたりするのかも知れない
見えなくて良いのだ
私の額の奥になにが埋められていたとしても
見えないことにも意味がある


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