幻想小話 第三十八話
あま夜川
細長い茎なのに、どんなに引っぱっても、根元が切れない
ずるりと、茶色の野毛のような皮が抜ける
べたりとした掌を袴に擦り付ける
子供の頃、必ず不思議に思い、一度二度は抜こうとして、尻餅をついた
金草ーかなくさ
シダのような植物で
蛇の寝ゴザ
通称は金山草と言う
葉の裏にはびっしりと、茶色の渦巻いたような胞子が、出来物のように生えている
古い石階段の、幅の狭い所に草履の先が当たる
自然爪先上がりになりながら、滑り落ちないように膝を押さえながら登って行く
石階段の切れた右手の杉の木の間から、古錆びた寺の屋根瓦の一角が見える
大高の寺は山寺としても小さく、急な斜面を登る為、詣でること事態が修行、厄除け、精進落としとされている
このような崖に等しい山道を登り、私の祖母、いや母は毎年、降魔札を授かりに来る
しばらく仏間らしき所に供えられ、やがて仏間の奥の板の壁に貼られるのだった
わが仏間は西洋の黒い悪魔のような姿の、あばら骨の浮き出たガリガリに痩せこけた、版画刷りの絵札が祭神であった
時折、急遽角材でしつらえたままの柱に、貼られていた記憶がある
あの捨てて来た降魔の家の仏間は
今も誰かが大師の中に憑依した疫病神の守り札を拝んでいるのだろうか
母の残した思念や信仰心は、幾人跡を取る男児が消えたとしても、どこからかまた新しい嫁御寮が来て、男児を産むのであった
久遠の蒼空
茜色射す
山を下りる頃、麓の寺の鐘が鳴る
鐘が鳴っても帰らぬ子供
鐘が鳴っても野良から帰らぬ親
なるべく遠く木戸の外まで
山の陰の入口まで
鐘楼の鐘をつく
野菜カゴを抱えた万代が、珍しく邸に入らずこちらに向かってやって来る
この時分だと飯の支度は出来ていないだろう
何をしていたのだろうか
「随分遠くまで行かれましたのね」
「うむ・・」
万代は私の袴の裾を払いながら
「こんなに汚れてしまって」
「子供のようであきれましたか」
「いいえ、でも、はい」
私と万代はそれから時鐘楼の黒塀に沿って歩く
黒々とした空を万代は背に
紅くて透明な鰭のような、横長の星が流れた
久遠の名の万代は
「万代、あなたは竜女なのか。紅龍なのか」
万代の表情は暗がりでわからなくなり、鮮やかな赤い刺繍編みの半襟が浮き上がって見えた
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