幻想小話 第三十四話
六境ー十夜
常しえに続く 道しるべ
愛宕と吉田で行われる火の祭り
火伏せと防火と鎮守の神は、激しき性質の神である
守護神となるべく質は
祟る神とも恐れられる
春日の神と共に吉田とは一部
祟る神と言われることもある
火防せの行事や流鏑馬
その他の行事も活気ついて来る季節
気がつけば節句の暦
桜夜ノ 霞む景色と手提げ提灯
幾夜空に金色と白月を見て ふたり彷徨う
花見の夜だけは人恋しさが甦る
散り去りてしん・・と静まりかえる
木霊がひとつ
桜の幹の間から不思議そうに我ら見る
藤の香の 夜通し溜めた芳しさ
門まで歩く間の極楽橋
さあ出てお行き
貴女が咲き誇るこの季節
貴女は無敵の女の神
紫の風が日に温められて立ちこめる
そして陽が強く射す真昼に
鮮やかに輝く青紫のはなあやめ
一身に天道のひを浴びれば、その身は早くも藤の後を追い、散るばかり
端午の節句の縁起もの
葉菖蒲は手包みのごとく束ねられ
風呂の湯の中入れられ清涼なる青い草の匂い
皐月とは実によい季節である
時に風が強く吹き、空も荒れるが
新緑がまぶしい
木々の木漏れから、キラキラ日の光がこぼれ落ちて来る
人々がウキウキとして活発になる
我が家は八十八夜の祝いを、今日の端午の節句に合わせてする
玉子焼きにちらし寿司、新茶の茶ガラを入れてしまうのだ
新茶の茶ガラは、佃煮やお浸しにてもよろしい
万代と鎌を持って葉菖蒲を刈りに行く
小川の先に少し広がった野があり、葉菖蒲が生えるのである
中途に青紫と葡萄茶色(茶色がかった赤紫・えび茶ともいう)のはなあやめが咲いていた
万代は葡萄茶色のはなあやめに、いつまでも気をとめていた
そろそろ花弁の縁に、黄土色のシワ枯れが見え始めている
赤紫の花弁の中に黄色の文様がある
「はじめて見ましたわ。海老茶色のはなあやめ、歳をへりゆく女の、ものいわぬ奥ゆかしさがありますわね。陽と風に煌めく涼やかな乙女の青紫も、それは美しいけれど」
ここのはなあやめは誰にも刈られぬ
心配せずに
はなあやめ
散り枯れるまで咲けばよい
また来年
ここで我らと会おう
我が家に小さき子はいない
おそらく万代と私には子は出来ぬだろう
万代は別の世のうまれであるだろうから
人よりは少し、その身の仕組みも合わぬだろう
「あなたが好きです」「あなたがいとおしい」
どちらともなく口にする
顔を見合わせて「あら」と、笑う
私も目を和ませてふっと笑う
「よいのだ、万代。このような普通のことが幸せだと思えるのだ。季節が巡り、天道様と風と空気と草花を吸う。自然の薬である。二十四節気の暦の行事を家々で楽しみ、家族と共にする。万代、あなたが来てくれて私は思い出したようだ」
万代は急に真顔になり、私に言った
「わたしも・・近ごろ頭の中に、何やら懐かしい光景が、時おり鮮明に浮かびますの」
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