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客室

友人とS市に降り立ったのはこれで二度目
一度目はすでにS市にいた友人に出迎えられ
今回は途中で拾ってもらいドライブがてら、積もる話をする
友人のもっぱらの関心は五人組のアカペラグループらしく、今日も夜にホールでのコンサートがある

なぜかずっと、前回訪れた観光名所の城の、
まばらな人々を思い出していた
要は友人の関心事に非現実の開放感を味わえるという高揚は得られなかった
熱量そのものがなく空虚感漂う私のことは、出会った頃からの性格であると知る友人は、構わずこれが三回目の同ツアー観戦だと続けた

その夜のコンサートはライブ感があり、五人組の肉感的なパフォーマンスを至近距離で見せられ、表面には出ないが私も胸が高鳴っていた

出待ちは叶わず、とっくの昔にファンを巻いて別の出口から彼らが消えた情報にさらに興奮する嬌声が響く
友人と車を置いて来たホテルに徒歩で戻る

ふと、ホールに向かう前、ラウンジで道往く人波を見ていた時
目の前の道路で信号待ちで止まっていた外車に、どうしたことか横から車が突っ込んだ
出て来たのが若い女性だったので、免許を取り立てだったのかも知れない
スピードはさほどではなかったのか、外車は特にスピンしたりはしなかったが、衝撃でここの窓ガラス全てが揺れた気がした
外車の助手席側直撃だった
助手席側は女性で、中の二人ともサングラスをかけていたので、二人が若い女性を見上げた瞬間自分は目を伏せた

昼間そんなシーンを見たからか、似たような髪型サングラスの女性を見かけ、なぜかその助手席の女性だと思い違いをしたのだと思った

夜も更けて来よう時間、サングラスのまま
だがここはS市の最も賑やかな表通り、夜中もサングラスの人はいるものだろう

あの事故はどうなったのだろう
若い女性の隣には同じ年頃の女性が乗っていた
思いがけない事故に遭ってしまったものだ

ホテル併設のファミレスチェーンに行こうと、階下に下りる
フロントからやや低めにループしている通路を渡り、観葉植物で仕切られたファミレスの入口で中を見る
混んでいた
ちょうど白いラフな着こなしのシャツ数人が入って行くのを、後をつけるかのような面持ちで見ていた
後ろ姿でも特徴的な目立つ雰囲気
たった今、小一時間前まで眼前にあった五人組のプライベートタイムに遭遇したのだった
関係者の案内かスムーズに彼らは奥に消えて見えなくなった

友人はずっと「前にいる、前にいる」と、興奮していたが、あいにく席が混んでいて…と言われ戻ることにした
フロントですぐに友人が五人組が同じホテルに宿泊か聞くが、やはりはぐらかされて聞けなかった

部屋に戻り、しばらくその話題になる

異変に気付いたのは私だった
ドアと絨毯の隙間を何やら白い紙が差し入れられ、横にスライドしては、数回

友人にそれを伝えると、すぐにベッドから立ち上がり「ちょっとコンビニ行って来る」と、出て行った
フロントで聞いた後、軽食を買いにコンビニに行っている

先にユニットバスに浸かり、横になった

いつもの頭痛薬を飲んでしまったので、友人不在は不安だったが、そのまま眠ってしまった

一度目が覚めて隣を見たら、薄明かりの中サイドボード辺りでうつむく人がいて、友人が戻ったのだと思い、声をかけたと思うのだが
寝ぼけたまますぐ記憶がなくなった

朝、友人の姿はなかった

とりあえず下りてフロントに聞く
聞くが一人分の朝食券ですと差し出され、取り付く島もなく、昨日のファミレスに行く

なるだけバイキング形式の人の多い席から離れて座る
こんな時でも食事する自分の神経…
フレンチトーストと少しのサラダとティだけで充分だった

電話に出ない友人
電源が切られている
友人の荷物もそういえば消えている
車で来たのに、きっとそれもなくなっているだろう
夜中に目が覚めた時に見た人影は、確かに友人だったとは言い切れないが、友人ではない理由もない
部屋を出て行ったのは友人の意思なのだ
部屋を出るようコンタクトはあったのだとしても…

精算はチェックインの時に済んでいる
後はフロントに鍵を返すだけだ
伝言がないかどうか聞いてみたが、「そういったものはない」
斜めに構えた立ち姿からは、これ以上の対応を引き延ばせる余地もなかった

「御理解のあるお客様で助かりました」

含み笑いだけを向け、不愉快さだけが残った
自分が客でも人でもない存在に思えた

その後、友人宅に電話や訪問をしても、不在か行き違いで話すことも会うことも叶わなかった
親が言うのだから、友人は存在しているのだろう

友人と疎遠になったことは、他者共通のご多分に漏れず、ノリ悪く付き合いにくい私の性格のせいだと思うことにしている

ただ今でもあのドアの隙間のスライドする紙はなんだったのだろうと考える

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