幻想小話 第四十三話
白鳩の行水
万代が薄い衣ひとつで水垢離をしている
早朝から井戸の水を汲み上げて、桶の縁を肩に立てかけるように置き、ゆっくりとかけ流していく
薄い衣は濡れて青く光り、その下に万代の肌が透けて見えた
私には万代の心が見えなかった
硝子障子の奥でたもとの下で腕を組み、妻である筈の女の行水を覗き見る
万代にも祈りたいことがあるに違いない
物理的に身体や家屋を清浄めることは
悪い気を破るきっかけ、開運にも繋がる
だが私は冷たい水を浴びる程ではないのでしない
神仏に祈願することも信心もない
彼らが綴る絵巻物語を遠くから眺める、傍観者でありたい
夏、檜木の香りがする真新しい桶の中で泳ぐ金魚は、自由だろうか
桶の中が泳ぐことに最適であれば、桶の中で金魚が泳いでいてなんの不思議はない
ただしやはりそれでも二、三匹が限度だろう
何度か金魚は入れ替わりながら、元気がなくなり、一匹一匹と消えていく
やがて肥え太って魚のような金魚が、一匹だけ
金魚はなんの魚なのだろうか
私は知らない
私の中で金魚は金魚以外、何ものでもないから
万代は万代である以外、私は知らない
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