『人類の意識を変えた20世紀』(ジョン・ヒッグス)
現代を生きる私たちの意識は、どのような変化をくぐり抜けてここに至ったのか。言い換えれば、20世紀よりも前の人類と、それ以降の人類には、どんな意識的差異があるのか。副題「アインシュタインからスーパーマリオ、ポストモダンまで」が示すようにさまざまなトピックが扱われている。
目次は以下の通り。
はじめに ◎ 暗い森を巡る冒険
第1章 相対性 ◎ 世界のヘソが消えた
第2章 モダニズム ◎ 割れた視点
第3章 戦争 ◎ 帝国の崩壊とテクノロジー
第4章 個人主義 ◎ 男も女も一人ひとりが一個の星
第5章 イド ◎ 操られる無意識
第6章 不確定性 ◎ 生きていると同時に死んでいる猫
第7章 サイエンス・フィクション ◎ 単一神話から複雑な物語へ
第8章 虚無主義 ◎ 生は絶望の向こう側で始まる
第9章 宇宙 ◎ 人類は月へ行き、地球を見つけた
第10章 セックス ◎ 女性を解放しなかった性革命
第11章 ティーンエイジャー ◎ 反逆者のジレンマ
第12章 カオス ◎ 自然は予測不能で美しい
第13章 成長 ◎ 経済と環境がぶつかるとき
第14章 ポストモダン ◎ 「知の底なし沼」から「確かさ戦争」へ
第15章 ネットワーク ◎ 他者とつながる力の未来
たくさんのトピックが扱われているが、単なる羅列では終わっていない。一本筋の通った読み物として仕上げられている。その意味で、一日一ページで学べる教養、みたいな本よりもはるかにスリリングに楽しめるだろう。
第1章を飾るのは「相対性」で、アインシュタインの話から始まるのかと思えば、グリニッジ天文台の爆破を目論んだマルシャン・ブルダンのエピソードが語られる。なぜ彼はグリニッジ天文台を爆破しようとしたのか。著者は「オンパロス」という補助線をそこに引く。オンパロスとは、「ヘソ」という意味で、世界(あるいはある系)の中心を表す。グリニッジ天文台は、言うまでもなく世界時間の中心地点である。その爆破は、オンパロス──つまり世界の中心の爆破に等しい。そこに思想的な意味を(多少無理矢理であっても)見て取ることは可能だろう。
そしてこの補助線が、そのまま本書を貫く一本の筋になる。ただし、その不在を通してだ。
地球がこの世界の中心ではなく、単に太陽の周りを回っているだけだという「発見」も相当なインパクトであっただろうが、アインシュタインは時空というのが絶対的なものではないことを示した。それらは歪むのである。そしてこの宇宙自体も、中心を持たないことが示された。何かが動いているかどうかは、それと比較する基準点があってこそだ。しかし、絶対的な基準点(オンパロス)は失われてしまった。この世界そのものが相対化してしまった。本書が語り始める物語は、つまりはそういう話である。
絶対的な中心が崩れた後の世界。それは、絶対的な固定から解放された世界でもある。おかげで私たちは個人主義を手に入れ、今では一人ひとりの人権がもっとも大切だという価値観に浸って生きている。結構なことだ。
その代わり私たちは宇宙空間を漂うはめになった。宇宙船にも乗らず、どこかの紐にくくりつけられることもなく、ただ虚無なる空間をたゆたう存在へと変質してしまった。神が死ぬ前は、私たちはその子でいることができた。絶対的な固定点のもとに、自分を位置づけることができた。帝国が神に成り代わった後でも、似たような構図は続けられた。
しかし、現代はそうではない。20世紀を経た後、私たちは絶対だと言えるものを喪失してしまった。インテリであればあるほど、その事実を突きつけられるはめになった。おそらくその事実は、脆弱な人間の精神には重すぎるのだろう。だからこそ、絶対を謳う何かは(たとえば新興宗教は)消えてなくなることがない。たとえその先が、より暗い闇に覆われているとしてもである。
そのまま話を進めれば、人類の先行きは真っ暗である。個人主義の後訪れる虚無主義に支配されてしまう。しかし、本書は最終章でそこに明かりを灯す。ネットワーク・ネイティブな世代は、私たちが作り上げ、維持してきた個人と自由の考えを再構築して、新しいつながり方を見出すだろう、と。
それはあまりに楽観的すぎる見方だと批判が飛んでくるかもしれない。『ニック・ランドと新反動主義』が示すように、虚無主義を通り越してさらに前のめりに進んでいくような動きもある。そうなれば、私たちの着地点にはさらなる混乱が待ち構えているだろう。しかし、私は著者の見方にベットしたい。どうせ掛けるならば、明るい希望を抱ける方がいい。
どちらにせよ、私たちの意識は変わり続ける。それは昔から固定的なものではなかったし、これからも同様である。だからこそ、良い方向に変わることに掛けるのだ。そうして掛けることが、言い換えれば期待の眼差しを注ぐことが、対象に変化を与えるかもしれないのだから。
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