これからの仕事-術
伝えたいことは大きく三つあるのですが、その前に注意点だけ述べておきます。
まず、働き手が自身で管理する必要があると言っても、それを「職場の管理のまなざしを自宅に持ち込む形」で実現すると地獄が待っています。結局それは四六時中職場にいることと代わりありません。言い換えれば、管理過剰の上司が自身に宿ったに過ぎない、ということです。
「これからの仕事」は、そうした管理からの逸脱なわけですから、注意したいところです。というのも、何も指針を持たないまま、自分で自分を管理しようとしはじめると、途端に「職場の管理のまなざし」が入り込んでしまうからです。これは真面目な人ほどそうなるので気をつけましょう。
あと、「自分で自分を管理」という言葉のイメージに引きずられて、すべての行動をかちかちに制御しようとしたり、労働時間を最大限捻出するのが目標だと捉えるのも止めておきましょう。大切なのは、そういうことではありません。では、何が大切なのかと言えば、「自分の仕事」をすることです。逆に言えば、それさえできていれば、だいたいOKなのです。むしろ、すべてのマネジメントは、その目的に奉仕するといっても過言ではありません。
というわけで、以上の点だけ注意して話を先に進めましょう。三つのマネジメントの視点でお話します。
仕事のマネジメント
これは簡単です。
「あなたの仕事は何ですか?」
この問いに答えるだけです。言い換えれば、「あなたはどのような貢献ができますか?」について考えればいいのです。
ドラッカーは、貢献のタイプを三つ挙げました。
・直接の成果
・価値への取り組み
・人材の育成
「直接の成果」とは売り上げや利益などわかりやすい成果のことで、栄養におけるカロリーのようなものだとドラッカーは書いています。
一方、「価値への取り組み」はビタミンやミネラルのように組織体を維持し、調和をもたらします。働き手がその組織で働きたいと思えるような価値(理念)を持っていることは、長期的に組織を存続させていくためには欠かせないでしょう。でもって、そうした価値もまた働き手によって、生み出され、維持され、更新されていくものです。
そしてもちろん、組織が組織として存続していくためには、新たな働き手が必要です。その新しい働き手は、言うまでもなく今の働き手が育成していくのです。
さあ、あなたはどのような貢献ができるでしょうか。これはあなたの「職種」を問うているわけではありません。どのような価値を生み出せるのかを聞いています。そして、その価値は「売り上げ」のようなわかりやすいものだけでなく、組織の存続・発展に関わるあらゆる領域に開かれているのです。
というように、「自分の仕事」について考えるのが仕事術の出発点となります。だって、「仕事」がわかっていないのに、「仕事術」を考えるなんて無理がありますよね。むしろ、その思考を抜きにして、目先の作業の効率化だけを考えているから、成果が生み出せないのです。でもってそれは、旧態然とした「管理」とまったくおなじまなざしです。
生活のマネジメント
「自分の仕事」が見えてきたら(少なくとも、その方向性が見えてきたら)、今度は生活のマネジメントです。これまで職場に行くことで生活のリズムを作り、上司に依頼される形で行う作業を決定していたとしたら、そこからの離脱がネクストステップとなります。
特に、生活の場のおいて関係性を持つ人間が少ない人ほど、生活のマネジメントは重要になります。一緒に生活している人がいて、その人に自分がアクションを起こす必要があるならば、それがリズムとなって機能してくれますが、ひとりで生活している場合だと、そのような「外部性」がほぼ存在せず、どんどん生活の中からリズムが失われていきます。結果、過集中が続くか、虚無が続くかの選びたくない二択に陥ります。よって、意識的なマネジメントが必要です。
ポイントは三つです。区切り・パターン・リズム。これを意識しましょう。
まず区切り(Section)ですが、これは「一日を24時間だと捉えるのはやめましょう」がスタートです。これは睡眠時間があるからもっと短いのだということだけでなく(それも大切な指摘ですが)、24時間の「ひとかたまりだ」と捉えないようにする、ということです。そういう大ざっぱな認識は、大ざっぱな時間の使い方を引き寄せるだけです。
最低でも、一日を三分割して捉えるか、あるいは二時間ごとに区切りを設定して、そこでどんな風に時間を使うのかをイメージしましょう。その意味で(いまいましい思い出を持つ人も多いでしょうが)学校の時間割りというのはよく出来ています。
で、そうして区切りを作ると、次にパターンを見つけます。たとえば、「朝の10時から11時まではややこしい仕事に取り掛かる気持ちが湧いてきやすい」となったら、次から積極的にそのように時間配分+行動選択を行うのです。こうしたものには、毎日のパターンだけでなく、毎週のパターン、毎月のパターンといったものがあります。そうしたパターンを見つけられると、生活のマネジメントがやりやすくなります。強い意志で自分の行動を制御するというのではなく、「こういう配置ややり方をすると、抵抗値が少なくスムーズに実行できる」ということがわかってくるのです。そうなればしめたものですね。
で、そのようなパターンを見つけたら、単に繰り返すことを意識するだけでなく、たまに変化をつけてみるのをお勧めします。たとえば、50分作業をして、10分休むのを6回繰り返すのがうまくいくとわかったら、それを4回繰り返したところで、もっと長い休みを挟んだり、あるいは短いサイクルでぜんぜん別のことをやったり、ということです。あるいは、特定の曜日だけでは、そうしたサイクルを使わない、というやり方もあります。
こうした変化をつけることは、一つには飽きを抑制することにもつながりますし、よりよりパターンをする手助けにもなります。さらに言えば、「変えてみたけどやっぱりもとのパターンがよかった」と発見すること(相対化による絶対的な価値の確立)にもつながります。繰り返すことが大切だからこそ、たまに変えてみることも大切なのです。
とりあえず、以上のように区切り・パターン・リズムを意識していると、だんだん時間の使い方に必要以上に悩むことは減ります。「自分の仕事」に意識を向けられるようになるわけです。
知識のマネジメント
もう一つ大切なのが、知識のマネジメントです。
これは、リモートワークになることで、雑談的な情報交流の場がなくなったり、隣の席の人にちょっと尋ねるようなことがしにくくなるから、という点もあるのですが、そもそもとして、普通に職場で働いているときだって、知識のマネジメントは極めて重要です。なにせ、知識労働者というのは知識によって価値を生み出す仕事なのですから。でもって、現代ではほとんどの人が何かしらの意味で知識労働者であります。
にも関わらず、知識のマネジメントは本格的な議題に上ることはありません。皆が共通して使える情報源(ドキュメント)の整備に価値を置いている日本企業はそう多くないでしょう。知識が属人化していたり、皆が認識している手順や様式が人それぞれで違っていたりすることは珍しくありません。それで組織として一つの方向性を持って成果を挙げられると期待する方がどうかしているでしょう。
でもって、これはトップダウンで進めるわけにはいきません。社長が知っていることをブログに書いたらそれでOK、とはならないわけです。むしろ、現場の現場による現場に向けた知識がボトムアップで集められなければいけません(むしん、その中には社長という現場も含まれている点は指摘しておきましょう)。
つまり、自分が有している知識を、他の人にも使えるように提供していくこともまた、「仕事」のうちに含まれうる(≒成果を生み出すのに結びつく)のだ、ということです。
もう一つ付け加えれば、すでに有している知識だけでなく、自分がこれから身につける知識についてもマネジメントの対象となります。その意味で、本を読んだり、勉強会に参加することは有効でしょうし、組織もそうした活動を積極的に促進することが有用でしょう。これもまた「組織」という束縛から「遠く離れて」の一例となります。
組織の中で生まれる情報だけをグルグルと循環しているだけでは、当然発展はありません。せっかく、働き手を「職場」から開放するのですから、ついでにさまざまな情報、新しい考え方を職場に持ち帰ってくれるように組織をデザインする方が変化を味方につけられるでしょう。
おわりに
以上のようなマネジメントにおいて大切なのは何でしょうか。
答えは、記録です。
「自分の仕事」について考えるのも、単にそう考えているからというだけでなく、実際にどんな作業をして、どのような成果が生まれたのかを後から振り返る必要があります。そこでは記録がおおいに役立ちます。
また、生活のマネジメントに関しても記録が欠かせません。一つは、リスト作りによる作業の管理と、もう一つは使った時間の記録による見積もり精度の向上です。ドラッカーもまず時間からはじめることを提唱していますが、それが意味するのは細かいスケジュールを作ることではなく、作業にかかった時間を測定することです。商品の値段がわからないのに、実効性のある買い物リストなど作れないように、自分が何に、どのくらい時間を使っているのかを知らないで、時間・行動のマネジメントなどできません。よって、記録は必須です。
さらに、知識のマネジメントにおいても記録は有用です。というか、自分の頭の中にある知識を他の人にも使えるようにするためには、それを人にわかる形で書き留めるしかありません。それらを統合する方法は組織によってさまざまでしょうが、まず記録された知識がないかぎりは、どのようなマネジメントも不可能だ、というのは間違いないでしょう。
以上のことを総合すると、「これからの仕事術」の最初の一歩は、自分の「作業記録/作業日報」を作ることだと言えます。自分がやろうとしていること、実際にやったこと、かかった時間、思いついたこと、生み出した知識、発見した情報を書き留めていくこと。
原始的なようにも思えますが、むしろこれくらい簡単なところから始めるのが敷き居は低いでしょう。可能なら、そうした作業記録を共有できればベストです。それが無理なら、せめて「皆が使える知識」を集められる場所を組織は用意しましょう。決してトップダウンで管理せずに、ボトムアップで知識が集まってくる場所にできれば、きっと想像していた以上に多くの知識・情報・アイデアが働き手の中に眠っていることに気がつけると思います。
それを活用していくことが、マネジメントの真なる「これからの仕事」となるでしょう。