枯れ木に花咲くに驚くより 、生木に花咲くに驚け
江戸時代の哲学者、三浦梅園の言葉である
私たちは毎日を忙しなく生きている
その中では様々な事が起こるだろう
ちょっとした人とのトラブル、
つまづきや苛立ち
そんな時にまるで奇跡のような事が起こる、
思いがけない嬉しい事に恵まれる
そんな体験があると、大変ありがたく感じ、ある種の人智を超えた力が働いているように思う事がある
奇跡的なことだと思うだろう
素敵なことであればそれはそれで十分に感動するで良いと思う
しかし、ここで思いを巡らせてみたい
本当の奇跡とは何だろうか、ありがたいこととはなんだろうか
三浦梅園の言葉の意味はそこにある
同じ循環で四季が巡り
花が毎年、同じ時期に懸命に咲くことがどれほど奇跡だろうか
当たり前と思っている事にこそ、本当の奇跡があり尊い事なのだとこの三浦梅園の言葉は教えてくれている
日常から宇宙規模まで視点を行き来させる
とても好きな言葉だ
さて、フレグランスの話である
みなさんは山桜をご存知だろうか
ちょうど、タイトル画像で使用しているのがそれである
山が近くにある方には見慣れた春の景観ではないだろうか
一般的に山桜とは
野山に自生する日本古来の野生種として遥か昔から存在し、桜の花と同時に若葉も同時に芽吹く
日本の国花としても古くから愛好され、ソメイヨシノが開発されるまでは花見と言えばこの山桜を愛でる風習だったようだ
僕の生まれ育った町は山に囲まれた盆地だった
川を挟んで東西に山が連なり春になると遠目に見える山々にぽつりぽつりと山桜が開花しているのが見えた
割と寒い地域だったこともあり、冬を抜け、ようやく訪れた春はとても心が躍る気分だった
春の訪れを感じるタイミングは人それぞれあるだろう
僕にはこの山桜の開花がそれだ
同時に春の優しい陽射しで温められた地表から、水分が放出し、軟らかい風に乗る
植物の青々しい香りを含んだ湿り気ある風がふわりと全身を撫でる
「ようやく寒い冬が終わったんだなぁ」としみじみ感じる瞬間である
東京で暮らしていても春の訪れを十分に感じる事ができるが
自分にとっては原体験というか、あの時に感じた春の香りを表現したいと思ったのだった
パチュリやサンダルウッドを中心に山の植物が醸す青々しい香りを表現し
トップには春の訪れを想起させるハーバル系がうまく融合して
とても良い香りになっている
こんな前置きをしておいて何だが、あまりクラシックに寄せず、あくまで現代的な解釈で春の香りを纏えるように気を配った
性別問わず気にいってもらえる香りに仕上がったと思う
多くの人に試してもらいたい香りだ
遠目に見える見慣れた山の景観が
春になるとその様相を大きく変える
ぽつりぽつりとまばらに白く点在する桜を見ると
ああ、あそこに一年ひっそりと息をひそめ耐え忍んだ桜の木があるのだなと思う