「祭り」は「エネルギー源」だった【儀式論 第三章 祭祀と儀式】
第三章は「祭り」についてです。
祭り…といえば
なんとなく楽しそうなイメージが
ありますよね。
ただ、あれば楽しいですが
無くても困らないもの…という気もします。
ですが実は、かつて「祭り」は
無くてはならないような
重要な意味をもつものだったんです。
…
「祭」という漢字の由来
そもそも祭りというのが
何を意味していたのか
それは漢字の成り立ちを
知ればわかります。
もともとは、楽しく騒いで遊びましょう!
…みたいな意味ではなくて
神に対しての奉仕の意味合いでした。
何を奉るかはお祭りによって
色々あるわけですが
いずれにしても
であるという事だったわけです。
そして実は、この「まつり」を
行なうことは、人の生命力回復にも
役立っていた…と言います。
祭り=非日常であり
日常で枯れたエネルギーを
回復するのは祭りの役目だった
というわけです。
この文章を見たとき
「まつり」をやらない人間は
どうなっているんだろう…と
枯れた生命エネルギーを
どのようにして回復しているんだろう?
と、疑問に思ってしまいました。
特に、近年は何をやるにも
自粛ムードだったわけで
現実には「まつり」が
しづらい環境であったと
思います。
…であれば、きっと
ネット上で起こっていた現象の中に
エネルギーを回復させる「まつり」が
あったのだろう…と思って考えてみると
YouTuberのライブで投げ銭をすることや
SNSで「生贄」を燃やすことや
オンラインコミュニティーで盛り上がること
…といったことが
「まつり」の代わりになっていたのかな
という気がしました。
「まつり」には
日常で枯れたエネルギーを回復させる力が
あるということなので
疲れている人は「まつり」に
参加してみると、いいのかもしれませんね。
…
まとめ
「祭」という漢字は
いけにえの肉を神にまつる
という意味で成り立っている
「祭」には
日常で枯れたエネルギーを
回復する役目がある
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