『平凡』を活かせ!【達人のサイエンス⑬終】
達人のサイエンスの記事も
今回で一区切りとなる。
最後は「日々の平凡な行動」についてだ。
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「大事なこと」以外の時間
誰にでも、避けられない雑用がある。それはたとえば部屋の掃除、整理整頓、落葉掃き、食料の買い出しなどであり、また子供に勉強させたり手伝いを言いつけたり、食事の仕度やあと片付けをしたり、洗車したり、毎日通勤したり、ほとんど繰り返しに近いようなさまざまなルーチンワークをしたりするなどである。これらは「重要なこと」に着手する前に片づけるべきことであって、いわばつなぎの時間である。だがこうした雑用以外でも、やはり生活のほとんどは「つなぎ」なのだ。
目的指向の意識で頭がいっぱいになると、本当に大切だと思える時間はほとんどなくなる。
P157
ある目的を定めた時
「それ以外」の時間は「つなぎ」と
化してしまう。
つまり、目的に捕らわれると
人生の殆どが「大切でない」時間になる
ということだ。
これでは、あまりにも悲しい。
それでは、どうするか?
平凡なことも
達人への道の一部とすればよい。
…
『禅』の考え方
禅の修行は表面上、座って瞑想したり読経したりすることで成り立っている。それでも禅師は、石垣づくりや皿洗いなどの仕事と正式な瞑想との間に、本質的な違いはないと言うだろう。禅者の修行状態は座って瞑想をする態度だけでなく、中庭を掃く時の態度でも決まる。
(中略)
つまり特別なことから平凡なことに至るまで、すべてのことを修行の一部とするなら、人生において無駄だと思われていた多くの時間を改めて活用できるのではなかろうか?
P157
「極めたいと思うもの」と「それ以外」の
時間に分けるのではなく、
今まで「それ以外」と思われていた部分も含めて
達人の道を進む修行の一部と考える
これが、答えになる。
一例として、食器洗いを
達人の道への練習として行うやり方が
紹介されている。
たとえば食器洗いを考えよう。この手の雑用はできるだけ早く片づけることを念頭に、手当たりしだいに急いですませることもできる。しかしまた、瞑想やダンスのつもりで行うことだってできるのだ。
(中略)
仕事の手順を頭の中で決め、それからとりかかろう。それぞれの動作は、100パーセント目覚めた意識で続ける。
(中略)
無駄なく小気味よい動作で行ない、せかせかしたてっとり早い洗い方はしないように。この仕事が終って次にやることを考えたりせず、今あなたの目前にある仕事に完全に集中しよう。実際やってみると、ふだんのようにあわてて洗わなくても、ずっと早くすむことがわかるだろう。気持ちよく仕事を終えられるのは間違いない。
P160
先にイメージをしてから
現実の活動として具現化する
これは「思いの力」の
トレーニングに繋がる。
目の前の実践に集中し
そのプロセスを愛する
そういった達人に欠かせない態度を
「皿洗い」という
平凡な一つの活動からでも
鍛えることができる。
結局のところ、人生の中に
「平凡な」「つなぎにすぎない」ことなど
無く、すべては達人の道に通じるのであると
考えて生きる事である。
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まとめ
目的ばかりに捕らわれると
人生の大半が「重要でない」
時間になってしまう。
平凡なことでも
達人の道を進む実践に
変えることができる。
結局のところ
「平凡」で「とるにたらない」
ことなんて、無いのである