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アルフォンソ・リンギスにおける「感覚」(sensation)論の1980年代までの生成史整理、およびその解釈上の留意点の提示


要約

本発表では、アルフォンソ・リンギスの「旅行記」としての哲学の根底にあるとされる「感覚」論について、1967年から1988年までの間の彼の議論の推移を整理し(第1節)、彼に固有な「感覚」解釈を理解する上で留意すべき事項を明らかにする(第2節)。

リンギスは、「知覚」ではなく「情動性」としての「感覚」を重視し、レヴィナスの「エレメント」の思想に接近し、後に『存在するとは別の仕方で』における可傷性における他なるものから受ける「命法」のあり方を支持した。

しかし1988年になると、リンギスはレヴィナスの「命法」論に異議を唱え、<他者>の困窮ではなくその輝き、充足性、積極性から受ける「命法」に注目するようになる。この変化の背景にあるのは、1980年以降主題化された「命法」論におけるリンギスのニーチェ理解があると想定される。

現象学的な「感覚」論が「命法」論と合流・一体化することによって、リンギスはレヴィナス、メルロ=ポンティ、ニーチェの三者からそれぞれ距離を取り、独自の思想の展開を開始している。それゆえ、この三者の議論がどのように重なり合い、それぞれからどのように距離をとっているかを吟味することが、リンギスに固有な「感覚」の解釈においては必要不可欠になる。

序論:リンギス研究史の概観、「感覚」についての問題設定

本発表ではアルフォンソ・リンギスの思想の基幹をなす「感覚」(sensation)についてその思想的背景を精査し、「感覚」論を解釈する際に留意すべき事項を明らかにする。

1990年代後半以降、アメリカ合衆国・オーストラリア・イギリスの一部で、アルフォンソ・リンギスを主題とする研究が盛んになってきている[1]。2003年の『アルフォンソ・リンギスとの出会い』を皮切りとして2024年までに少なくとも4冊の研究論文集が刊行されており[2]、2019年には長年リンギス研究に従事してきたアレクサンダー・E・ホークによって、初めての体系的な学術研究書である『アルフォンソ・リンギスと実存的系譜学—アルフォンソ・リンギスの業績に関する最初の全長研究』が上梓されている。日本でも学術的研究成果が少しずつ報告され始めていて[3]、邦訳は既に7冊刊行されており[4]、一般の方にも少しずつ知られるようになってきている。

なぜ彼ら彼女らは、まだそれほど広く議論されているわけではないリンギスの思想を主題として研究し、そこに固有な価値を見出しているのか。前述のホークとフックスは、『アルフォンソ・リンギスとの出会い』の序文で次のように述べている。「彼の語り方、特に彼の著作における語り方は、同僚の思想家たちを伝統的な哲学の関心事についての再考へと促す」(Hooke and Fuchs 2003: p xii)。

「彼の著作における語り方」とは、1990年代以降特に顕著になる彼の「旅行記」的な語り方を指す。実際ホークは、『アルフォンソ・リンギスと実存的系譜学』の序文で次のように言っている。「アルフォンソ・リンギスの作品は、(訳注:伝統的な哲学的考察に対して)さらなる楔を導き入れている。それは、生きた物語、特に他人の物語を描写することに基づいている。その多くは、リンギスが地球の遠く離れた場所からやってきた人間との出会いから生まれたものだ。また、地元のアーティストや家族、友人との出会いから生まれたものもある。彼らの世界を鮮やかに垣間見ることで、彼の著作は古くからある哲学的テーマを再考し、問い直す」(Hooke 2019: Preface)。

「哲学は開示する言説であり、概念を明らかにしたり批判したりするために言説へと帰っていくような単なる批判的・二次的な言説ではない」(Fuchs and Hooke 2003: 36)と述べるリンギスにとって、自らの言説の直接的な宛先は、今ここに生きている世界だった。具体的な生活の経験を単なる事例として位置付けるのではなく、徹底してその場に根ざした形で、そしてその「根」が移ろいゆく経験—旅行—の中で彼は哲学を始める。

この営みは果たして哲学として成立するのか。成立するとすればいかなる点においてか。それはリンギスに固有な営みなのか。先達たちの思想とは何が違うのか。こうした問いが、少なくないリンギス研究者を引きつけ続けている。

リンギスについてのこのような評価を批判的に検討し、「旅行記」としてのリンギスの哲学がいかなる点で固有な哲学であり、他の思想家と異なっているかを考えるために、ここでは彼の「感覚」をめぐる思想に注目したい。

リンギス研究者のトム・スパロウは『アルフォンソ・リンギス読本』序文において、「感覚すること」をリンギスの思想全体の基礎と見なし、「感覚」に関する諸論文を本書の第1部に据えている(Sparrow 2018: xviii)。実際リンギスの最初期の論考の多くは「知覚」批判としての「感覚」論をテーマとしており、90年代以降の「旅行記」としての哲学のルーツを辿る上で、「感覚」論の考察は極めて重要な意義を持つ。

リンギスの「感覚」論については、2016年に発表された研究論文集『激情の哲学—アルフォンソ・リンギス先生についての諸論文』の第一部に掲載されている諸論文で既にある程度論じられている。しかしこれらの論文は主としてニーチェの『喜ばしき知恵』、『ツァラトゥストラはかく語りき』を基軸とする「激情」(passion)ないし「情動」(emotion)を主題としており、それらの考察の起点となる「感覚」(sensation)論—こちらはメルロ=ポンティの『知覚の現象学』『見えるものと見えざるもの』、レヴィナスの『全体性と無限』『存在するとは別の仕方で』を基軸にした現象学的議論である—に固有な内容を論じ切っているとは言い難い。もちろん「感覚」と「激情」・「情動」は密接に関わる[5]点なので独立させて論じるわけではないが、一旦はまず「感覚」論がどのように形成されてきたか、特にリンギスがレヴィナスおよびメルロ=ポンティにどのように接近し、どのように距離を取ってきたかを明らかにする。

第1節では、リンギスの「感覚」をめぐるレヴィナス評価を追跡・確認する。1967年〜1986年の諸論考を踏まえると、リンギスはフッサール・ハイデガー・メルロ=ポンティを批判し、レヴィナスに接近しているように見える。実際彼がレヴィナスを引き合いに出すのは、上記の3人との比較においてであり、3人の思想の問題点を踏まえる形でレヴィナスの思想を紹介している。しかし彼自身が述べているように、リンギスはレヴィナスから一定の距離を取ってもいる。第1節では、リンギス自身が語るレヴィナスとの距離感を踏まえ(第1項)、フッサール・ハイデガー・メルロ=ポンティをどのように批判し(第2項)、レヴィナスの「エレメント」論・感受性論をどのように解釈しているのかを明らかにする(第3項)。

第2節では、これらの「感覚」論が、遅くとも1988年には「命法」論と合流・一体化しており、それによってリンギスのレヴィナス理解・メルロ=ポンティ理解が大きく変容していることを明らかにする。まず1988年の「エレメンタルな命法」読解を通して、1986年の「官能と感受性」からリンギスの立場がどう変化しているのかを整理し(第1項)、1980年以降に主題化されたリンギスの「命法」論が「感覚」論の変化の背景にあり、その「命法」論の基軸であったニーチェ理解もまた、1988年を境に変化していることを示す(第2項)。

結論では、特に「命法」論と合流・一体化した後の「感覚」論を解釈する上で留意すべき点を整理し、今後のリンギス思想解釈の指針を提示する。

なお本発表は、リンギスの「感覚」論解釈のための資料整理—特に「感覚」論を主題とする1980年代以前の諸論文の関係性の整理—を旨としており、彼の「感覚」論そのものの哲学・哲学史的解釈にまでは踏み込めていない[6]。例えば、第1節第1項で示すように、リンギスはレヴィナスの倫理の人間中心主義を批判しているが、そうした立場を取ることによってリンギスはどのような形でレヴィナスと異なる価値のある倫理を打ち立てられているのかという問題に対して、本発表では言及できていない。50年以上に渡って発表されているリンギスの著作・論文群の整理はまだ途上にあるので、まずは可能な限り各論文の内容を整理・関係づけして、より仔細な解釈を行うための土壌を作る必要がある。本発表において、この「土壌」形成が網羅的に完遂されるわけではないが、少なくとも1980年代「感覚」論を解釈する上での「土壌」形成に寄与したいと考えている。

第1節:「感覚」をめぐるリンギスのレヴィナスへの接近と隔たり

本節では、「レヴィナスの哲学における6つの問題」(2012)やヨナス・スカチュカウスカスによるリンギスへのインタビュー(2010)においてリンギス自身が語っているレヴィナスとの思想的関係性を整理し、その内容を踏まえて「感覚」に関するリンギスのレヴィナス理解を確認する。

第1節第1項:リンギスによるレヴィナス批判の整理

『全体性と無限』や『存在するとは別の仕方で』、『実存から実存者へ』の英訳者であるリンギスは、英語圏におけるレヴィナスの最も古い読者の一人である。しかし彼は、「年を重ねるごとに、レヴィナスの理論的枠組みにはますます批判的になって」(Lingis 2010: 156)いったと語っている。

「レヴィナスの哲学における6つの問題」では、タイトルの通りリンギスが考えるレヴィナス哲学の問題点が6つのテーマにまとめられている。以下が、その6つの問題点である[7]

1.事物を構成可能なものとみなすこと

2.倫理を他なる人間との間にしか見出さないこと

3.向かい合う他者に対して、特権的な形で無限責任を見出すこと

4.神の他性を、向かい合う他者の他性を構成するものとみなすこと

5.倫理を全ての自然主義から切り離し、ユダヤ教という特定の宗教の神を源泉とする形にしていること

6.レヴィナスの倫理学と、国家としてのイスラエルの諸々の犯罪との間に明らかな隔たりがあること

1点目は、特に『全体性と無限』において、レヴィナスが世界の中の諸事物を「家」の家具として配置可能なものと想定している点に宛てられた批判である。

『全体性と無限』第二部でレヴィナスは、エレメンタルな=始原的な世界との直接的で不安定な関係から退却し、その影響から距離をとって自分自身を自律して分離された存在として形作ることができる場所として「家」という内奥性について論じていた。

「家」において事物は「家具」となる。すなわち、ただ享受される対象であるのではなく、より安定した所有物として、「家」に住まう<私>に所有される事物となる。事物が<私>にとっての事物として所有されるこの事態を、リンギスは批判的に捉えている。「物事が光の中で私に見えるということは、それらが私を通して、私のために存在しているように見えるということではない。事物は、その輪郭に包まれ、包囲された物質として現れ、私には無関心である」(Lingis 2012: 32)。

『全体性と無限』においてレヴィナスは、エレメンタルな世界との直接的な関わり—所有不可能なものとの関わりから退却して、「家」においてそれらを事物として所有する可能性を論じているが、リンギスはこの「家」への退却とそこでの所有を否定する。事物は「得体の知れない」ものであり、その性質を否定することは、事物のそれ自体としての存在、物質としての物質性を軽んじることに他ならない。

2点目の批判は、「他者の苦しみに苦しむ」というレヴィナスの倫理の図式の批判に向けられている。レヴィナスによれば、対面する<他者>の顔には、死に至るほどの苦しみや傷つきやすさが刻印されている。その苦しみが<私>に訴えかけ、<私>が応答せざるを得なくなる時、人間的・倫理的関係が始まる。

このような人間的倫理を、リンギスは問いただしている。「要求と訴えは有機体の積極的=肯定的な(positive)充足性の上に見られる。[中略] 私たちが目の前にいる誰かの積極的=肯定的な現実を認識し、認めるからこそ、私たちはその人の訴えと要求が私たちに課せられていることを認識するのである」(Lingis 2012: 33)。

私たちは苦しんでいる他者を目の前にして倫理的応答責任を背負うのではなく、むしろ事物ないし有機体としての生の「バイタリティ」(Lingis 2012: 34)を前にして、それらの力の中で他者からの要求・訴えを聞くのだとリンギスは言う。「バイタリティ」が具体的に何を指すかは保留するとして、差し当たりリンギスが指摘したいのは、倫理的関係を人間の中に閉ざさず、広く生の領域全体において生起するものと考えるべきだということだろう。

3点目の批判は、2点目の批判から連続している。レヴィナスは<他者>の苦しみに対する<私>の責任の無限性を強調するが、リンギスは<他者>を苦しみとしてではなく「有機体の積極的=肯定的な充足性」のうちに捉えている。生きとし生けるものは全て生としてのバイタリティを有しており、特定の人間にだけその力が欠けているということはない。

それゆえ、ある特定の<他者>に対して過剰な責任が生起するということもない。「私は子供の傷つきやすい身体に対して責任があるが、その身体は私が癒すべき終わりのない傷の場所ではない」(Lingis 2012: 35)のである。

後半の3点は、主に主として<神>およびユダヤ教思想に関するものである。

4点目の批判は、上記の<他者>への責任の無限性の前提となる<神>の無限性に宛てられている。「全き<他者>」(the wholly Other)(Ibid.)たる神の他性を、私と向かい合う<他者>の他者性を構成するものとすることで、その二者の差異を経験的な次元に縮減させていないだろうか、またそうすることで、<他者>からの命法が与えられる場の具体性・決定性が損なわれるのではないかとリンギスは問いかけている。

5点目は、レヴィナスは倫理の普遍性を訴えているにもかかわらず、それがユダヤ教の思想史に根ざしたものであると考えていることへの批判である。そして最後の6点目は、レヴィナスの論じる倫理学とイスラエル国家の—特に近年の暴力的な—あり方との間の乖離に向けられている[8]

以上がリンギスによるレヴィナス批判の概要であるが、これはレヴィナスの哲学・ユダヤ教思想のテキスト解釈としての批判にはなり得ない。例えば「レヴィナスの哲学における6つの問題」で繰り返し取り上げている『全体性と無限』において、レヴィナスが扱いたい問題の核心の一つは<他者>の苦しみを前にした倫理的関係である。そうであるにもかかわらず「そのような関係はいかなるものか?」ではなく「他者からの訴えかけはその苦しみによるものではなく、生のバイタリティによるものなのではないか?」と問うのは、レヴィナスのテキスト解釈としてはピント外れであり、そもそもレヴィナスと根本的な問いを共有していないことになる。

もちろん、リンギスはただレヴィナスを誤解しているというわけではない。彼はレヴィナスのテキストを英語に翻訳し、様々な仕方で読み込んでいく中で、意図的にレヴィナスの思想の射程から外れた問題へと向かおうとしている。その彼の真意については今後の探究として措いておき、まずは彼の思想の根底にある「感覚」論について、レヴィナスとの隔たりを踏まえつつ解読していくことにする[9]

第1節第2項:「知覚」(perception) ではなく「情動性」(affectivity)としての感覚

「感覚と感情」(1967)や「諸感覚」(1981b)など比較的早い段階の論文で、リンギスは「感覚」という言葉が持つ両義性を論じている。例えば「感覚と感情」では「感覚すること(sensation)は、感覚を知ること(sense perception)であるだけでなく、情動性(affectivity)でもある」 (Lingis 1967: 3) と言われているし、「諸感覚」では「一方で何かを感覚することは、何かについての感覚、すなわちその方向性、意味を捉えることである。他方で何かを感覚することは、何かについて感受的になることでもある」(Lingis 1981b: 160)と述べられている。

そしてリンギスは、レヴィナス以前の現象学においては、何らかの意味理解や知覚に対して供されないような情動性・感受性の固有な働きが蔑ろにされてきたと指摘している。

もちろんメルロ=ポンティの『見えるものと見えざるもの』における<肉>、ハイデガーの『存在と時間』における「死への不安」、フッサールの『イデーン』における「ヒュレー」においても既に、単なる能動的な知の働きに還元されない情動的・受動的感覚の働きは論じられていた。

しかしリンギスからすれば、<肉>の思想には「傷つきやすさ、受容性への感覚、事物の中に置かれていて従属していること、私たちが死ぬ運命にあるものであるという感覚」(Ibid.: 164)が欠けており、ハイデガーの言う「不安」は「不安の『苦しみ』とは何であるか」 (Lingis 1967: 8) 、その苦しみや痛みが具体的にどんな経験なのか言及しておらず、フッサールのヒュレーへの受動性は「それらに苦しめられ、それらと共に生きる」経験だが、「存在論的概念ではなく、存在的概念に留まっている」(Ibid.: 3-4)。

乱暴に要約すれば、三者の思想には情動性・受動性における、物質的で有機的な意味での苦しみ、傷つきやすさが軽視されており、そして私たちの「存在すること」の内実におけるそれらの諸感覚の内在的作用が顧みられていなかったというのがリンギスの指摘である[10]。その点を踏まえてリンギスは、レヴィナスの「エレメント」の思想に接近していっている。

第1節第3項:「無限定なもの」としての「エレメント」との両義的な関わり—享受と可傷性

リンギスは、遅くとも1981年の「諸感覚」発表時点において、「無限定なもの」(ἄπειρον)としてのエレメントとの関わりについて論じていた。

私たちがそこに浸って生きている感覚的世界—エレメント—は、単に私たちの知覚にもたらされる環境なのではなく、「何の方向付けも、意味も持たない」無限定なものである(Lingis 1981b: 164-165)。この主張にリンギスは特に注釈を付けていないが、『全体性と無限』における「内包されることも包括されることをも欠いて、内包し包括する『所有不可能なもの』(non-possédable)」であり「大地や空の中で失われる」(いずれもLevinas 1990/2020: 138/231)ものであるというレヴィナスの説明を踏まえていると解釈できる。すなわちエレメントは、「生の目的」のために使用する道具、あるいは支配対象ではなく、むしろそれらによって生かされている、支配不可能なものとして想定されている。

「諸感覚」発表から5年後の「官能と感受性」(1986)においては、このエレメントとの関わりが2つの側面から語られている。一つは「享受」(enjoyment)であり、もう一つは「可傷性」(vulnerability)である。

まず「享受」とは、私たちが「感覚することにおいて生きられている」ということであり、「光の中に、エレメントの中に、それに支えられ、維持されて」(いずれもLingis 1986: 16)生きるということである。エレメントにおいて、事物との関係は目的論的・道具的関係性である以前に、それらを無目的に味わう経験である。そしてそうした意味での享受は「エレメントへの私たちの開かれの震動(vibration)であり逸脱(excess)である。それは巻き込み(involuption)であり自存性(ipseity)である」(Ibid.)。享受は、私たちを生かす営みでありであるのと同時に、他なるものへの方向性を持たないがゆえに、自分から発出して自分自身へと舞い戻る「巻き込み」の運動であり、その運動ゆえに享受は「自存的」になる。この点も、『全体性と無限』における享受の説明である「他なるものとの間の心理状態ではなく [中略] 自我の震え(frisson)そのものである」(Levinas 1990/2020: 116/196)「それらが生を養う」(Ibid.: 113/194)と概ね符合する[11]

他方でリンギスは、「可傷性」については『全体性と無限』ではなく『存在するとは別の仕方で』での「把持することから把持されることへ転じる」(Levinas 2014/1999: 121/183)感受性に接近している。

『存在するとは別の仕方で』では、エレメントの享受において、その享受と同時に他なるものから傷つけられる可能性が示唆されている。エレメントとの関係のこの両義性についてリンギスは次のように述べている。「(『全体性と無限』においては)2種類の感受性があった。1つは、所有および自己所有に関わるエレメントの感受性で、もう1つは他人の顔の感受性であり、それは没収=所有の手放し(expropriation)であり責任=応答可能性(responsibility)だった。しかし『存在するとは別の仕方で』においてレヴィナスは、感覚的物質が広がる空間はすでに、他者の顔における現象を形成する他性の感覚によって広げられていることを示そうとしている」(Lingis 1986: 20)。『全体性と無限』の享受論においては、享受はあくまで自存的な運動であり、その経験において何らかの外傷を被るという可能性は想定されていなかった。しかし『存在するとは別の仕方で』においては、享受という最も原初的な感受性においてすでに「他性の感覚」が開かれており、享受する自我はその他者からの要求に苦しめられると論じられている。「レヴィナスの哲学における6つの問題点」の1点目(本稿5頁)でも指摘されていた通り、リンギスは事物が主体によって構成可能であるという考え方に否定的であり、その立場を踏まえると、『全体性と無限』の享受論から『存在するとは別の仕方で』の両義的感受性への移行は自然に理解できる。

ところでこの「他性の感覚」とは、「他者が自らの行為の図式をその上に打ち立てる法の純粋な形式に対する抽象的で知的な尊敬」[12]ではなく「私の物質、私の生に課される要求の認識」であり「他人の困窮に自らのパンで応え、人質として自分の命を犠牲に捧げること」である(Ibid.:22)。享受と同時に感受される「他性」の要求は、まさにこの私の生が享受する物質に満ちていることに対して向けられ、その享受に異議を唱える。

このような「他性」からの訴えは、私が死にゆく存在(mortal)であることを告知でもある。その死の運命の告知は、「私を物質的事物の困窮と欠如に曝すことによって」なされ、その時私は「諸存在者に引き渡され、それら/彼ら彼女らの糧食のみに依拠しなければならなくなる」という点において死ぬ運命を感覚するからである(Ibid.)。

以上から、本論文においてリンギスが論じる「可傷性」とは、自らが享受する事物を差し出すようにと命じる他者からの要求の感覚であり、自らが困窮し、死ぬ運命を感覚する痛みや恐怖として理解できる。このような「可傷性」理解は、『存在するとは別の仕方で』の第3章の議論に基本的には従っている。実際、「他人の困窮に自らのパンで応える」という表現は、『存在するとは別の仕方で』第3章「感受性と近さ」の第4節「享受」における「自分が噛んでいるパンを贈与すること」(Levinas 2014/1999: 119-120/181-182)を受けた表現であり、享受のあり方が他者からの訴えに曝されることで「他のための」(pour l’autre)贈与となるという構造も、リンギスがレヴィナスから全面的に借り受けていると解釈できる[13]

ではリンギスは、「感覚」を論じる際の基盤を、レヴィナスの『全体性と無限』から『存在するとは別の仕方で』へと次第に移行させていったと理解して良いだろうか。確かに1981年の「諸感覚」から1986年の「官能と感受性」への展開だけを見れば、その理解は正当性を持ちうる。しかし2012年の「レヴィナス哲学における6つの問題点」の2点目の指摘を踏まえると、リンギスが単に『存在するとは別の仕方で』を支持しているとは言い難くなる。というのも、「可傷性」とは「他人の困窮に自らのパンで応える」こととされていたが、「レヴィナス哲学における6つの問題点」の2点目の批判の中ではむしろ他者の顔に刻印された苦しみに苦しむあり方が批判的に捉えられており、「要求と訴えは有機体の積極的=肯定的な(positive)充足性の上に見られる」とされているからである。

リンギスの「感覚」論を体系的に理解する上で、他者からの要求・命令をめぐるリンギスの考え方の《転回》—実際に転回しているかどうかはともかく、差し当たりそのように見えるという点でここでは《》をつけている—は非常に大きな問題となる。そこで第2節では、この《転回》について解釈する際に留意すべき背景事情—特に「命法」論との関係—を明らかにして、今後のリンギス思想解釈の土台を構築することとする。

第2節:「命法」論と「感覚」論の合流・一体化をめぐる諸問題

第2節第1項:「命法」論におけるカント批判、レヴィナスとメルロ=ポンティへの接近と隔たり

本節では、1988年の「エレメンタルな命法」の記述を踏まえ、1986年の「官能と感受性」で簡単に示唆されていた「命法」の詳細を確認し、レヴィナスおよびメルロ=ポンティに対するリンギスの解釈がどのように《転回》しているかを整理する。

リンギスによれば、カントにとって命令は理性に重くのしかかるものである。それは理性にとって、自らの理解可能性に先立つ原初的な事実である。理性の働きとは、命令に従って理解することである。そこで理性は、普遍的かつ必然的なものに従って、様々な形で異なって現れる情報を統合するという命令に従うことになる(Lingis 1988:3-4)。

とはいえ、それだけで命令に従った行為ができるわけではない。命令に従うために、つまり特定の個別的・経験的な状況において自分を普遍的な法の模範とするためには、「他の具体的な素材に転移できるものであると同時に、一般的」でもあるような「命法的諸表象」(Imperative images)を生み出し、それらの表象を自らに適合させて行為する必要がある。

リンギスは、カントがこうした命法的諸表象を「範型」(英:type、独:Typus)と呼び、可能な範型として①自然(Nature)、②道具的複合体(Instrumental complex)、③市民社会(civil society)を挙げていると整理している[14](Ibid.: 5)。

1つ目の範型を自らの表象として行為するとき、「人は自分自身を、自然の只中においてある一つの自然であると想像する。つまり、普遍的で必要不可欠な諸法則によって内的に統制された、一連の感覚的・動的諸力として、自らを想像する。それによってこの支配は、私たちの思考を、私たちの感受性の抑制へと導く」(Lingis 1998a: 195)。つまりこの範型において命法は、私たちの諸感覚の統制・体系化に向けられている。

他方で2つ目の範型に自らを適合させるとき、人は「自らの感覚的・動的諸力を、自らの理性的・実践的能力の手段とみなす」(Ibid.)。ここでは、現象界の諸要素は道具として表象され、単に私たちの感性の多様を支配するものではなく、交換不可能な目的—価値が交換されるための絶対的善、尊厳—に導かれた私たちの経済的(ecnonomic)行為を支える「複合体」ないし「領野」(field)(Ibid.: 186)となる[15]

最後の3つ目の範型は、「2つ目の範型の上に1つ目の範型を刻印する」。すなわちこの範型=命法的表象に従う時、「感覚的・動的行為主体(agency)が、命令と従属の関係の中で機能する」場において、「人は自らを、自分自身の理性の能力によって秩序立てられた『小共和国』(microrepublic)として」(Ibid.: 195)想像する。この命法の表象に従って行為するとき、私たちの自然的な生の諸力の働きは、実践的な領野における目的論的・理性的行為の働きと一致する。そこでは感性の多様が、理性に対して与えられて絶対的命法によって秩序立てられていると同時に、その命令が個人を抑制することなく、むしろ個人の至高の目的へと向かう行為の支えとなる。

カントは、第3の範型の提示—第2の範型の上に第1の範型を刻印すること—によって、すなわち自然の「表面-現象学」(surface-phenomenology)を「深層-現象学」(depth-phenomenology)によって置き換えることで、「表面の輪郭、風景の丘や谷、表面を完全に無視」してしまった(Lingis 1988:10-11)とリンギスは理解している。カントにおいて命法は「表面」ならざる「深層」に与えられたものであり、「深層」から「表面」を秩序立てるという図式で理解されていた。リンギスは、このようなカントの図式を逆転させようとしている。彼は、自分の主張は「自然の表面-現象学が、命法の力の原初的な場として、外的自然の表面を明らかにする」(Ibid.:11)ということであると宣言し、カントの「命法」論の射程外(とリンギスが想定した)問題を明らかにしようとしている。

このような問題意識のもと、リンギスは自然の経験的諸表面から到来する「命法」について考えるために、メルロ=ポンティを再び引き合いに出している。

「メルロ=ポンティにおいて、世界は命法のようなものである」(Lingis 1988: 12)とリンギスは言う。世界は与えられたものではなく、それに従って、それと共に見るものである。事物、知覚する身体、そして身体の周囲の知覚領野における事物の現象の対象化は、実際のところ世界の命法それ自体によって命じられているとメルロ=ポンティは論じている。

しかし、世界の命法への全面的な関与は、逆説的に世界からの離脱を招いてしまう。「主体が、自分自身の知覚を、姿勢のスキーマと身体イメージを通して心理物理学的な対象へと変換してしまったら、[中略] その主体はどこにでもいてどこにもいないという状態になり、もはや共に動かず、実際には物理的に決定された反応である心理物理的な物体を観想する高緯度の普遍的視野に自らを変換してしまう」(Ibid.:13)からである。命法との関係に深く入り込むことは、その関係を俯瞰的に見下ろすことにつながってしまい、自らが根ざす世界からむしろ遠ざかってしまう。

リンギス曰く、この問題に関してメルロ=ポンティは、『見えるものと見えざるもの』において、現代の科学者はカントの時代と違って、世界の対象化の運動を自己自身に旋回させ、「対象化を追い求めるよう命じられている仕方を理解するために、また自分の思考が現象の領野に与えられた事物にどのように影響するか、どのように視点を定め、立ち、動き、見ているかを理解するために、感覚的なレベルの世界に戻ることに」(Ibid.:13)なると指摘している[16]。今や物理学者でさえ、その観察者の視点は特権的・絶対的・中立的なものではなく、観察者である自分自身が観察対象に関与する出来事を、「究極の物理学的事実」(Ibid.)として見出している。もはや「深層」が「表面」を規定するという図式は、自然科学の究極において成立しなくなっている。

このような感受的世界からの離脱及び回帰について、リンギスは『見えるものと見えざるもの』におけるメルロ=ポンティの言葉を使って、簡潔に整理している。「物事と私の身体との関係は非常に独特である。それは私が時には現象に留まり、時には物事そのものに戻ることを可能にする。それは現象のざわめきを生じさせるものであり、それを静めて私を完全に世界に投げ込むものでもある」[17](Merleau-Ponty 1968: 8)。

リンギスはメルロ=ポンティのこのような「世界の命法」に理解を示しつつ[18]、しかしそれだけが「命法」であるわけではないと主張する。即ち、世界の対象化から退いて、最も原初的な感覚に耽る者たちの「昼間の実践知の能力の世界の隙間を通して見える夜の、夢のような、エロティックな、神話生成的な第二の空間に漂う可能性」(Lingis 1988: 14)は、「世界の命法」とは異なる命法によって命じられているのではないか、と。

ここでリンギスは再びレヴィナスの『存在するとは別の仕方で』における「可傷性」を論じている。「自らの感覚的享受に対して異議を唱え、命令する命法は、最初から命令を与えている。主体がエレメントを享受するまさにその時、その主体は命令されている。主体の(訳注:享受の)渦を撹拌するエレメントへのまさにその巻き込みが、命令されているのである」(Ibid.: 16)。ここまでは「官能と感受性」(1986)におけるリンギスのレヴィナス読解と変わりない。

しかしリンギスは、命法を与える得体の知れないもの、言表し得ないものを「神」の名で呼び、その命令の絶対的な異質性・他性を保持するために「神」の語を使うことに明確に反対している。というのもこの主張は「現象学的に説明不可能であるだけでなく、エレメントへの感受性と他性への感受性の間の関係性をも説明不可能なままにする」(Ibid.:17)からである。この批判の詳細を検討するのは難しいが、少なくともこの点は「レヴィナスの哲学における6つの問題」の4点目の内容に符合している。カント批判のところで見たように、リンギスは経験的諸表面における命法を、普遍的な命法によって置き換えることに異議を唱えていた。レヴィナスが「神」の名のもとで他性を論じるとき、たとえカントとは異なる形であるとしても、リンギスからすれば同類型の批判の的になってしまうのである。

この点を踏まえると、「メルロ=ポンティの分析はさらに先に行っている」(Ibid.)とリンギスは考えている。「彼にとって、事物や世界はそれらの感覚的命令の終局」(Ibid.: 18)であり、「神」や「普遍的なもの」による命法の支持は問題にならない。この点に関して言えば、リンギスの立場はレヴィナスよりむしろメルロ=ポンティに近い。

ただし上記の通り、命法はただ「世界の命法」であるだけでなく、エレメンタルな次元からも到来する。本論文のタイトルでもある「エレメンタルな命法」について、レヴィナスとは別の仕方でどのように解釈すべきか、リンギスは明示していない。しかし本論文の末尾で、今後の研究を暗示するかのように、以下のような謎めいた主張を展開している。「(訳注:他者の)顔のこのような物質性、この曝し出された可傷性は、エレメンタルなものに帰属しているように見える。対面する顔は、単に困窮し、事物を要求するだけではない。私たちに語りかける眼は、輝いているように見える。そこには光が宿り、その指示=方向付け(directive)を放射している」(Ibid.:20)。

「顔」が欠乏や困窮ではなく、肯定性=積極性(positivity)の発露であるという考え方は、「レヴィナスの哲学に関する6つの問題点」の2点目で示されている通りである。1986年の段階では、他性は<他者>の欠乏や困窮の現れであったが、1988年の本論文の末尾になってようやく、肯定性・積極性のうちに他性の発現を見る思想が素描されている。

第2節第2項:「感覚」論との合流・一体化以前の「命法」論—カント批判とニーチェへの接近

とはいえ、「命法」の力を物質の肯定性・積極性の力として捉える考え方は本論文において初めて提起されたわけではない。こうした考え方の端緒は、「命法」を主題とするリンギスの最初の論文「『主人たれ』という命法」(1980)において既に示されている。

リンギスによれば、ニーチェはカントの言う「命法」が、実際にはどのように経験されているかという問題に向き合っている[19](Lingis 1980: 99)。

ニーチェはまず、カントの「命法の表象」について以下のような問題を提起しているとリンギスは理解している。「意志が自分自身を意志するように決定するためのあらゆる努力は、その意志に対して、目的を固定するような存在のイメージ、表象を提示することを含むものであるように思われる。[中略] 目的を決定するために、その目的の表象を生み出さなければならない。しかし、そのためには、まずそのような表象を生み出すための意志を活性化しなければならず、この条件の連鎖は終わりなく後退することになる」[20](Lingis 1980: 102)。カントの「命法」は「あらゆる説明、あらゆる目的に先立つ、純粋で超越論的な事実」(Lingis 1998a: 202)だった。そしてそれ故に、命法が「実際には」、つまり経験的な次元でどのように受け取られるのか、どのように意志を震わせているのかという問題に答えられないのではないかと彼は批判している。

この問題の解決に必要なのは「もはや客観的な表象ではないようなある種のイメージ」(Lingis 1980: 102)であるとニーチェは考えた。それは自律的な意志に提示された目標ではなく、「あなたであるところのものになれ!」(Become what you are!)[21]という、意志を強迫する命法のイメージである。このイメージにおいては、「〜でありなさい」という形で、意志を単に当為へと導く命法ではなく、「〜であるようにありなさい」という形で、私たちが「既に何であり」と「何になるべきか」を同時に与える命法が刻み込まれる。その点でこの命法は、法-遵守(law-abidingness)を課す命法ではなく、運命(destiny)を刻み込み、運命に打ち震わせる命法である(Lingis 1980: 102-103)。

では、そうした命法は具体的にはどのように私たちの意志を強迫するのか。この問いについてリンギスは、この命法のイメージ(彼の言葉では「ニーチェ的幻影」(Ibid.:103))が提示するものを踏まえて答えている。

『ツァラトゥストラ』において鷲と蛇は、ツァラトゥストラに次のように言った。「私たちのように考えるものにとっては、万物は自分たちで踊ってくれる。彼らはやってきて、手を取り合い、笑い、逃げ——そしてまた、戻ってくる。一切は行き、一切は帰ってくる。存在の車輪は永遠に巡る」(Nietzsche 1937/1970: 217/132)。

このような存在は、他のいかなるものをも頼りにせず、手段とすることもなく、自らの価値を無償で無価値に浪費する。しかし同時に、このような存在は「自らに完全に酔いしれ、すべての測定を超えた内なる強度で絶えず震えて」(Lingis 1980: 104)「幸福」になっている。この「幸福」は単なる充足や満足ではなく、それ以上の昂揚であり恍惚であり、「真なる命法」(1984)におけるリンギスの言葉を借りれば「道具的・目的論的ではない絶対的価値の承認」であり、その「間断なき力を愛すること」(Lingis 1984: 331)である。

この「幸福」は、命法的な強迫と共にある。私たちは単に「踊っている」のではなく、「どこへも行かずに動き、踊るディオニュソス的強迫」(Lingis 1980: 105)の中にあり、その強迫の強度こそが私たちの生であり、生のバイタリティそのものなのではないかとリンギスは解釈している。それは単なる「形而上学的な命法」ではなく「存在論的な命法であり、あらゆる事物の現象の『存在の仕方』『生成の仕方』の本質を定式化する命法」(Lingis 1984: 332)なのだ、と。

素朴に読むと、この「『主人たれ』という命法」(1980)や「真なる命法」(1984)で論じられているのは命法を受ける側の生の昂揚・恍惚・逸脱した力であり、「エレメンタルな命法」(1988)の末尾で指摘されていた命法を与える顔の輝きとは異なるように見える。しかし後年の「祝福と呪い」(2000)において、他者の生の諸力—この論文では「祝福」(blessings)と「呪い」(curses)—の命法と、その命法に対する応答として生の諸力が一つの出来事として叙述されている(Lingis 2000/2004: 71-72/116)。また1997年の「生きられていない生は吟味するに値しない」においても、生の激情・情動は、他者の顔に対する応答として想定されており(Lingis 1997b: 186-187)、90年代以降のリンギスの思想において、両者の力は重ね合わせられていると解釈できる。

ただ、リンギス研究者のランドルフ・C・ウィーラーやアレクサンダー・E・ホークのように、「感覚」論と合流・一体化した後の「命法」論において、その力をニーチェ的な「生命そのものの肯定と溢出」(Wheeler 2016: 126)「私たちを動かす情熱」(Hooke 2019: 89)と見做して良いかという点には疑問が残る。というのも「エレメンタルな命法」(1988)以後、カントやレヴィナスやメルロ=ポンティ(時にはハイデガー)との対比から命法を論じる際、リンギスはニーチェの名を直接引用することはほとんど無くなるからである。

もちろん、間接的にニーチェからの影響を暗示するような記述は、90年代以後の「命法」論にも複数見られる[22]。ただし、例えば生を表象としてではなくそれ自体として知ることの重要性について語る際にはニーチェの『喜ばしき知恵』や『ツァラトゥストラ』からの引用を多く引く[23]のに対して、カントを起点とする「命法」を論じる際にはほとんどニーチェの固有名を出していない。したがって、「命法」論におけるリンギスのニーチェ解釈については、他のテーマにおけるニーチェの扱いからは区別する形で、慎重に理解しなければならない。

結論と展望:「感覚」論と合流・一体化した「命法」論の解釈に向けて

本発表では、「旅行記」としての現象学を提唱するリンギス思想の起点となる「感覚」論について、1980年代までの系譜を整理し(第1節)、その上で彼の「感覚」論を解釈する上での問題をいくつか提起した(第2節)。

1967年の「感覚と感情」以降、リンギスは「知覚」に還元されざる「情動性」としての感覚を論じるために、レヴィナスの「エレメント」に接近した。1981年の「諸感覚」においては基本的に『全体性と無限』における「エレメント」論を参照していたが、1986年「官能と感受性」においては『存在するとは別の仕方で』における感受性の両義性に注目し、特に享受と可傷性の同時性を強調した。

しかし1988年の「エレメンタルな命法」の末尾においてリンギスは、他者の顔を困窮や欠乏としてではなく、むしろその「輝き」、「光」という積極性・肯定性として捉える立場を示し、レヴィナスの立場から距離を取った。またこの論文では、かつて棄却された「知覚」論が「命法」の一部として蘇生されており、メルロ=ポンティとリンギスとの距離が以前より縮まっているように見える。

1988年におけるリンギスの《転回》を考える上では、それ以前のニーチェを基軸とする「命法」論と、第1節で論じた「感覚」論との合流・一体化をどのように解釈するかが重要になる。というのも、リンギスは単にニーチェ的「命法」論とレヴィナス的・メルロ=ポンティ的「命法」論を重ね合わせているわけではなく、三者からそれぞれ微妙に距離を取りつつ独自の「命法」論を構築しているからである。

また、リンギス思想の今後の展開を踏まえると、88年における「感覚」論と「命法」論の合流・一体化は、1998年の大著『命法』における「命法」論の成熟を導く歴史的転換点の一つとして理解できる。

『命法』序文においてリンギスは、本書の目的の一つについて以下のように語っている。「あらゆる形の全体主義に反して、夜を、エレメントを、感覚的な諸水準(levels)を、住まわれた場を、異邦の場所を、事物の構成を、事物の群生や反省を、同じように生きて存在するものたちの感受的で受容的な諸表面を、それらの顔を、別々の形で記述しなければならない」(Lingis 1998b: 5)。1988年の「エレメンタルな命法」において直接的に言及されているのは、このうちの「エレメント」と「諸表面」であり、その他の点については触れられていないように見える。本発表では、リンギスの思想の起点である「感覚」論を中心に取り上げて、「命法」といかに接続されていったかを確認した。しかし「命法」へとつながる道は他にもあり、いかにしてこの巨大な思想が形成されているかという問いは、本発表での議論以上に複雑な様相を呈しており、より網羅的で緻密な整理が求められる。

さらに言えば、1988年以後の10年間は、リンギスが「旅行記」という固有な文体(style)を形成していく時代でもあり、彼の独自の「命法」は「旅行記」として記述されている。それゆえ「命法」論解釈においては、彼のこの文体がどのように機能しているのかという点も併せて考慮しなければならない。

以上を、リンギスの「感覚」論、そして「感覚」論と一体となった1988年以後の「命法」論解釈における今後の課題として設定し、本稿を閉じる。


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[1] リンギスが長年勤務していたペンシルベニア州立大学以外に、メリーランド州のタウソン大学、スティーブンソン大学、バーモント州のバーモント大学、オーストラリアのニュー・サウスウェールズ大学などに研究者が多くいる。世界的に知られた哲学者の中では、ジャン=リュック・ナンシー(Nancy 2003)やグレアム・ハーマン(Harman 2016)などがリンギスについての論文を発表している。

[2] Hooke & Fuchs (2003), Staponkute (2010), George & Sparrow(2014), Wheeler (2016).

[3] 杉田(2008)、野崎(2009)、小田(2009)、森村(2010)など。ただし多くの研究が1990年代後半以降のリンギス思想、とりわけ『何も共有していない者たちの共同体』を中心とした「共同体」論を主題としており、彼の思想の形成過程に目を向けた研究はほとんどないのが現状である。

[4] 中村(2004)、松本(2005)、岩本(2006)、野谷(2006)、小林(2016)、水野・金子・小林(2019)、水野・小林(2021)。

[5] ニーチェとリンギスとの関係性については、本発表の第2節第2項の「命法」論の説明で取り上げる。本発表では詳細に論じることができないが、リンギスは現象学的「感覚」論と並行して1970年代〜1980年代にかけて「力への意志」や『喜ばしき知恵』などを主題とするニーチェ論をいくつか発表しており(Lingis 1977, Lingis 1978, Lingis 1981a, Lingis 1982)、上記の先行研究は「感覚」論よりもむしろ彼のニーチェ論を基盤としている。

[6] もちろん各論文の読解、論文間の関係性の整理においても、筆者に固有な解釈は十分に入り込む。しかし本発表の趣旨は、リンギス固有の思想の解釈の提示ではなく、あくまで資料の読解・関係性の整理を通した「解釈する上で留意すべき事項の提示」である。

[7] 前述のスカチュカウスカスによるインタビュー(2010)の中でもレヴィナス批判がまとめられているが、「6つの問題」の1点目から4点目の内容と重複しているので、ここでは取り上げない。

[8] 5点目・6点目の批判は、本発表の「感覚」論では直接関与しない点なので、ここでは簡易的な説明に留める。

[9] 第1節第2項以降で主として取り扱うリンギスの3つの論文のうち、「感覚と感情」(1967)及び「官能と諸感覚」(1986)については、前述のスパロウの『アルフォンソ・リンギス読本』第1章「感覚」に収められた論文のうち、1988年以前(第2節で述べる《転回》以前)の論文を選出した。「諸感覚」(1981)については、『情熱の哲学——アルフォンソ・リンギス先生についての諸論文』巻末に記載のリンギス文献目録を踏まえ、1988年以前に書かれており、かつ「感覚」を主題としているという理由で取り上げた。

[10] 後述するように、リンギスは単にフッサール・ハイデガー・メルロ=ポンティを棄却してレヴィナスに接近しているわけではない。特にハイデガーとメルロ=ポンティについては、それぞれ「死」と「命法」というテーマにおいてむしろ主題的に取り扱われている(ハイデガーの「死」については『異邦の身体』所収の「命法的諸表面」(Lingis 1994/2005: 167-185/240-269)、メルロ=ポンティの「命法」については「エレメンタルな命法」(Lingis 1988)で論じられている)。「感覚」論においてもリンギスによる三者それぞれの読解は非常に興味深く、重要な問題であるが、これら諸論文の結論部においてはあくまでレヴィナスと自分の立場との距離感が問題になっているので、本発表ではその点を中心に取り扱う。

[11] リンギスはレヴィナスについて論じる際、基本的にレヴィナス自身のテキストのみを参照する(二次文献を参照しない)。それゆえ、リンギスが同時代のレヴィナス研究に対してどのような立場を取っていたかは定かでないが、享受に関するリンギスのレヴィナス読解は極めて教科書的であり、基本的な研究伝統と齟齬があるようには見えない。例えば服部(2022)は『レヴィナス読本』の「糧」の項において、享受における自我と糧との関係は①ハイデガーの用具存在と対比させられる前反省的な関係であり、②<他>に規定されながら《他》を規定し、《他》を<同>へ変容させる関係であり、③「エゴイズム」という個体化の過程でもあると整理している(服部 2022: 39)。

[12] 詳細は後述する(第2節第1項)が、リンギスは「命法」(imperative)についてカントを起点に論じており、ここでは『実践理性批判』における命法への「尊敬」の感情が批判的に紹介されている。

[13] 実際『レヴィナス読本』では、「傷つきやすさ/可傷性」に関して、①「感受性において自己は常に他なるものにさらされて」(平石2022: 59)おり、②一見して享受は可傷性の対極にあるように見えるが、享受による個体化は傷つきやすさが「他ならぬこの私」の固有なものとなる上での条件であり(Ibid.:60)、③それゆえ可傷性と享受は両立しうる(Ibid.)と説明されている。②と③に関しては、本発表の中では詳述できなかったが、「官能と感受性」(1986)pp.21-22で触れられている。

[14] ここでリンギスは特に引用部を明示しているわけではないが、「エレメンタルな命法」の参考文献一覧に記載の資料を前提とすると、「範型」の説明は『実践理性批判』第1部第2章第2節「純粋な実践的判断力の範型論について」における以下の記述を踏まえていると推察される(ただし完全にカントの議論の筋書きを踏襲しているわけではなく、リンギスによる固有なカント解釈がある程度含み込まれている)。「道徳的法則は、この法則(引用者注:純粋な実践的法則)を自然の対象へ適用するための媒介者としては、(構想力ではなくて)悟性という認識能力しか持たないことになる、しかしこの場合に悟性が理性の理念に対応せしめるのは、感性の図式ではなくて法則である。とはいえこの法則は、感官の対象において具体的に提示されるような法則であり、従ってそれは自然法則ではあるが、しかしその形式に関してだけ判断力を使用するための法則として、道徳的法則に対応しうるのである。そこで我々は、かかる法則を、道徳的法則の『範型』(Typus)と名付けて良いと思うのである」(Kant 1968a/1970: 69/147)。

可能な範型の3種については、『実践理性批判』の中には言及がなく、『人倫の形而上学の基礎づけ』第2章「通俗的道徳哲学から人倫の形而上学への移りゆき」で示されている「道徳の原理を提示するための3つの仕方」(Kant 1968b/2005: 436/309)を踏まえてリンギスが整理していると考えられる。実際、「エレメンタルな命法」では明示されていないが、後の「命法の諸表象」においては、3種の範型それぞれの説明の冒頭に、『基礎づけ』における3種の「仕方」の説明からの引用が記載されている(Lingis 1998a: 185, 186, 192)。

ただ、『実践理性批判』における「範型」論と、それに先立つ『基礎付け』の「道徳の原理を提示するための3つの仕方」を素朴に連続させて解釈して良いかどうかという点には疑問が残る。八木のように「カントは既に『基礎付け』において、単なる規定的判断能力にとどまらない判断力の働きの重要性を示唆している」(八木 2020: 41)とする論者もいれば、永守のように『基礎付け』は「形式主義の色彩を濃くしている」のに対して『実践理性批判』は「規則を適用する実践的判断力について論じている」(いずれも永守 2011: 83)として両者の議論を明確に区別する論者もいる。このように論点含みの問題についてリンギスがどのような立場を取っているかは、筆者の調査の限りでは明らかではなく、別途考察が必要である。

なお、リンギスの「命法」論の中で展開されるカントの「範型」論の説明は、少なくとも1990年代までは一貫しており、ほとんど変化がない。1980年代〜1990年代のリンギスの諸論考の中で、最も多く紙面を割いて「範型」を説明しているのは「命法の諸表象」(1998a)であるので、本発表での「範型」紹介でも「命法の諸表象」からの引用を適宜差し挟む。

[15] 前脚注に従って、この3種の範型論を『基礎付け』に照らして読むならば、2つ目の範型はむしろ「目的複合体(あるいは領野)」と呼ばれるべきであるように見える。実際リンギスは「交換不可能な目的は知覚ではなく、想像力によって与えられる。しかし、このイメージは命令的であり、道具的な場の経済における方向性を固定する。これがなければ、道具的な場はすべての交換線の多方向性と可逆性の中で崩壊するだろう」(Lingis 1998a: 186)と述べており、道具的な場を導く交換不可能な目的の力を強調している。この強調と範型の名称との差異については別途考察が必要である。

[16] 特に直接的な引用は示されていないが、『見えるものと見えざるもの』の「反省と問いかけ」における以下の箇所が参照されていると推察される。「自然でないものが、一個の『世界』を形成するのかどうか、形成するとすれば、いかなる意味においてか、そして第一に、『世界』とは何か、そして最後に、世界が存在するならば、見える世界と見えざる世界との間の諸関係は、いかなるものでありうるか、という問いを理解するという課題が、我々に課せられているのである。[中略] 他ならぬ科学的思考が、世界の中で動いており、世界を主題として取り上げるよりも、むしろそれを前提としているのだから、この作業は、科学者たちによっては完全に成し遂げられることはできない。しかしそれは科学と無関係なことではない」(Merleau-Ponty 1968/1994: 47/48-49)。

[17] 同様の記述は、『見えるものと見えざるもの』最終章「編み合わせ—交差」にもある(Merleau-Ponty 1964/1994: 173/211)。

[18] 1981年の「諸感覚」では明確に棄却されていたメルロ=ポンティの「知覚」論が、1988年の「エレメンタルな命法」においては「命法」論の一部として蘇生されている。リンギスのレヴィナスへの接近と隔たりと併せて、メルロ=ポンティからの隔たりと再接近についても整理する必要がある。

[19] 直接の言及はないが、『喜ばしき知恵』335節における以下のカント批判を受けていると想定される。「『こういう訳でこれは正しい』という君の判断は、君の衝動や愛着や嫌悪、経験や未経験のうちにその前歴を持っている。『どうやってその良心が生じたのか?』と君は問わなければならないし、それに加えてさらに、「本当は何が私を強制して、それに耳を傾けるようにし向けているのか?」と問わなければならない」(Nietzsche 1899/2012: 255/343)。

なお『喜ばしき知恵』335節を踏まえた、「命法」に関するニーチェのカント批判解釈については、例えば大久保(2021)の論文で詳述されている(内容については要精査)。

[20] 直接の言及はないが、前脚注で示した引用箇所が踏まえられていると推察される。

[21] 直訳すると「あるがままの自分であれ!」という訳になるが、『この人を見よ』原題のサブタイトル(Wie man wird, was man ist)と、その直後の存在と当為の二義性を踏まえ、このように訳した。

[22] 1997年の「諸エレメント」においては、以下のような記述がある。「夜よりももっと深遠な暗闇が、官能を召喚する。そこには喜びの支配ではなく命令がある」(Lingis 1997a: 50-51)。

[23] 例えば、「哲学の仕事」(2018)冒頭(Lingis 2018: 195-196)。

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