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WACC④⑤ 実務 : 株主資本コストの算出 CAPMとβ

WACC(Weighted Average Cost of Capital:加重平均資本コスト)は、企業が資金調達にかかるコストを測る重要な指標です。このnoteではWACCを投資銀行家の目線から解説したいと思います。

投稿する思いとしては、アクティビスト対策業務を行う中で、WACCの理解の重要性を強く感じたことです。

WACCの算出は簡単です。一度理解してしまえば特段お金をかけることもなく算出できます。1社のWACCを算出するのにかかる時間は15分程度です。

しかし現状を見ると、コンサルに多額のお金を払って算出している会社もあったりと、私としては違和感を覚えています。そんなお金取るものか…?と。

であればWACCに関する情報格差を減らすべく、実務の話をしてみようと始まったのがこのシリーズです。

一連のnoteを見てもらえれば、誰でもお金をかけずにWACCを出し、それを基に議論できるようになるはずです。シリーズの全体像はこちらです。

WACCを誰もが出せることで、私が願っているのはこんなことです。

・株式投資をされている方は売買の意思決定に役立てる
・経営者の方であればGo or Not Goの判断に使う
・上場企業 経営企画の方であれば、戦略立案の1つの指標にする
・上場企業IR担当の方は、株主との対話に使う
・IPOを目指す方は上場後にどんな事が求められるのかイメージする
・FASの方は顧客にWACCを説明する際の参考にする
・学生の方や転職を目指す方であれば面接等の就活に活かす

WACCシリーズの需要がありそうでしたら(気分屋のOLは、皆様の反応をやりがいとして暮らしてます…笑)、次は理論株価の出し方、株主との対話の究極であるアクティビスト対策の実務の話もしたいと思います。

さて前置きはこのくらいにして本題に移りましょう!

WACCは、以下の式で表されます。

WACC = (株主資本コスト × 株主資本比率) + (負債資本コスト × (1 - 実効税率) × 負債比率 ) 

今は分からなくて問題ありません。細かく分けて解説していきます。

今回は、この式の中でも株主資本コストについてですが、前回話せなかったβを中心にお伝えします。



【復習】株主資本コストの出し方(CAPMモデル)

株主資本コストを算出する方法として、CAPM(Capital Asset Pricing Model:資本資産価格モデル)がよく用いられます。CAPMは、リスクと期待収益率の関係をモデル化したもので、以下の式で表されます。

株主資本コスト = リスクフリーレート + ベータ × (マーケットリターン - リスクフリーレート)

ベータとは

βは、ある株式の価格変動が市場全体の動きに対してどれくらい敏感に反応するかを示す指標です。難しい言葉に聞こえるかもしれませんが、心配はご無用です。今回は、船の例えを用いて、βを誰にでも理解できるように解説していきます。

ベータを直感的に理解する

想像してみてください。あなたは船に乗っています。しかし、航海には危険が伴います。大海原は、常に波打っており、時には嵐に見舞われることもあります。海を株式市場、船をあなたが投資したい株式だとしましょう。

βというのはあなたの船(投資したい会社)がどれくらい揺れるか、つまり市場の波にどれくらい影響されるかです。この揺れやすさを示すのが、β値なのです。

  • β = 1: あなたの船は大海原と同じように揺れます。波が高ければ大きく揺れ、穏やかであれば静かです。これは、市場平均と同じ動きをする株式を表します。

  • β > 1: あなたの船は大海原よりも激しく揺れます。少しの波でも大きく揺れ、嵐の時は転覆してしまうかもしれません。これは、市場平均よりも大きく変動する株式を表し、ハイリスク・ハイリターンと言えます。

  • 0 < β < 1: あなたの船は大海原よりも穏やかに揺れます。大きな波が来ても少ししか揺れず、安定しています。これは、市場平均よりも小さく変動する株式を表し、ローリスク・ローリターンと言えます。

β値が高いほど、市場の影響を受けやすく、価格変動が大きくなります。嵐の海で航海するようなもので、リスクが高いと言えるでしょう。逆に、β値が低いほど、市場の影響を受けにくく、価格変動は小さくなります。穏やかな湖を進む船のように、安定していてリスクが低いと言えます。

β値を計算する

では、β値はどうやって計算するのでしょうか?

β値は、「共分散 ÷ 分散」で計算されます。つまり、あなたの船と大海原の揺れの類似性を、大海原の揺れの激しさで割った値です。細かい計算は検索いただければ出てくるかと思いますので、ここでは割愛します。なぜならネットから拾ってこれるので(笑)

  • 共分散: あなたの船と大海原の揺れが、どれくらい似ているかを示す指標です。両方が同じ方向に揺れれば共分散は大きくなり、逆方向に揺れれば小さくなります。

  • 分散: 大海原の揺れの激しさを示す指標です。波が大きく荒れていれば分散は大きくなり、穏やかであれば小さくなります。

βを拾ってくる

このサイトからとってこれます。

このサイト開くとベータの期間や、週次や日次といろいろ選べることに気づくと思います。それを補足します。

CAPMで使用するベータの期間とデータ頻度

CAPMで使用するベータを算出する際の期間とデータ頻度について、詳しく解説します。

期間

実務では、一般的に3年~5年程度の期間のデータを用いてベータを算出することが多いです。

  • なぜ3~5年?

    • 短すぎる期間だと、一時的な市場の変動や企業特有のイベントに影響されやすく、その企業の真のリスク特性を反映したベータ値を得られない可能性があります。

    • 一方で、長すぎる期間だと、過去のデータが現在の市場環境や企業の状況を反映していない可能性があり、適切なベータ値にならない可能性があります。

    • 3~5年という期間は、これらのバランスを取り、企業の安定したリスク特性を捉えつつ、現在の状況にもある程度対応できる期間と考えられています。

データ頻度

ベータの算出には、週次または月次のデータを用いることが一般的です。

  • 週次データ:週ごとの株価の変動を用いてベータを計算します。より細かい動きを捉えることができますが、計算量が多くなるというデメリットもあります。

  • 月次データ:月ごとの株価の変動を用いてベータを計算します。週次データに比べて計算量は少なくなりますが、細かい変動を捉えきれない可能性があります。

  • 日次データ:日々の株価の変動を用いてベータを計算します。しかし、日次データはノイズが多く、異常値の影響を受けやすいというデメリットがあるため、ベータの算出にはあまり用いられません。

CAPMで使用するベータの期間とデータ頻度は、分析の目的やデータの入手可能性などを考慮して決定する必要がありますが、実務上では、週次または月次でベータを出し、3~5年程度のベータを平均したβを用いることが多いです。

ベータの種類

企業のリスク:事業リスクと財務リスク

企業は、常に様々なリスクに直面しています。新製品の開発が失敗するかもしれない、競合他社に顧客を奪われるかもしれない、原材料価格が高騰するかもしれない、など、企業の業績に影響を与える可能性のある要素は無数に存在します。

これらのリスクは、大きく分けて事業リスク財務リスクの2つに分類することができます。企業のリスクを正しく理解し、適切な対策を講じるためには、これらのリスクの特徴を把握しておくことが重要です。

1. 事業リスク

事業リスクとは、企業が事業活動を行う上で避けられないリスクのことです。企業の属する業界、ビジネスモデル、競争環境、技術革新、規制、社会情勢など、様々な要因によって影響を受けます。

2. 財務リスク

財務リスクとは、企業の資金調達や資金運用に関連するリスクのことです。具体的には、借入金などの負債が多い企業は、金利上昇や業績悪化によって債務不履行に陥るリスクが高くなります。また、為替変動や金利変動によって、資金調達コストや資金運用収益が変動するリスクもあります。

そのため、個々の株式が市場全体と比較してどれくらいのリスクを持っているかを示す指標として、ベータ (β) が広く用いられていますが、実際には事業リスクと財務リスクの組み合わせで決まるため、ベータにも種類があります。

代表的なベータの種類である レバードβ、アンレバードβ、リレバードβ、修正β について、それぞれの特徴や用途、計算方法などを詳しく解説していきます。

1. レバードβ (Levered Beta)

レバードβは、企業の財政状態(どれだけ借入をしているか)を考慮したベータ値です。

企業が負債を抱えている場合、その負債によるリスクが株価の変動に影響を与えます。全く借入をしていない企業と、借入をたくさんしている企業を比較したときに、どっちの方が危ない気がするか?という話です。借入をしている企業の方が倒産してしまう可能性がありますので、その分β(リスクの度合い)が大きくなります。

先の船の例えをするなら、借入をしている企業は帆の大きいイメージです。風が穏やかであれば進みやすいですが、嵐が来たら船が傾き倒れてしまうかもしれません。

レバードβは、この財務リスクの影響を含めたベータ値であり、一般的に株式市場で公開されているベータ値は、このレバードβを指します。

  • 特徴

    • 企業の事業リスクと財務リスクを反映している。

    • 株式市場で一般的に用いられているベータ値。

    • CAPMで用いるベータは、このレバードβである。


2. アンレバードβ (Unlevered Beta)

アンレバードβは、企業の財務レバレッジの影響を除去したベータ値です。企業の負債によるリスクの影響を取り除くことで、事業そのもののリスクを測ることができます。そのため、アンレバードβは、事業リスクまたは資産ベータとも呼ばれます。

  • 特徴

    • 財務リスクの影響を除外しているため、事業そのもののリスクを反映している。

3. リレバードβ (Relevered Beta)

リレバードβは、アンレバードβに財務リスクをもう一度加味したβです。なぜ財務リスクをもう一度加味するかというと、特定の資本構成におけるベータ値を算出できるからです。

  • 特徴

    • 特定の資本構成におけるベータ値を算出できる。


【参考】4. 修正β (Adjusted Beta)

修正βは、ベータ値の安定性を高めるために、過去のベータ値を調整したものです。

通常のレバードベータ は、過去の一定期間の株価データから計算されます。しかし、この期間に市場の大きな変動や企業の特別なイベントが含まれていると、ベータ値が一時的に大きく変動し、その企業の真のリスク特性を正確に反映しない可能性があります。

例えば、ある企業が大型の買収を行った直後には、その影響で株価が大きく変動し、ベータ値も一時的に上昇する可能性があります。しかし、この上昇は買収という一時的なイベントによるものであり、長期的なリスク特性の変化を反映しているとは限りません。

このような一時的な変動の影響を抑え、より安定したベータ値を得るために、修正βが用いられます。

修正βの計算方法

修正βの計算方法はいくつかありますが、代表的なものとして Blume の方法 が挙げられます。

Blume の方法では、過去のベータ値と市場全体の平均的なベータ値を weighted average することで修正βを算出します。具体的な式は以下の通りです。

修正β = (2/3) × 過去のベータ値 + (1/3) × 1

ここで、1 は市場全体の平均的なベータ値を表します。市場全体のベータ値は 1 であるため、上記の式を用いることで、過去のベータ値を市場平均に近づける調整を行います。

この式からわかるように、Blume の方法では、過去のベータ値を 2/3 の重みで、市場平均のベータ値を 1/3 の重みで加重平均しています。これにより、過去のベータ値をそのまま使うよりも、市場平均の影響を考慮した、より安定したベータ値を得ることができます。

各ベータ値の関係性

これらのベータ値は、以下のような関係性を持っています。

  • アンレバードβは、レバードβから財務リスクの影響を除去したもの。

  • リレバードβは、アンレバードβに特定の資本構成における財務リスクを加味したもの。

  • 修正βは、過去のレバードβを調整し、安定性を高めたもの。

最後に

今回はWACCにおける株主資本コストの算出方法について解説しました。このnoteでは引き続きWACCを投資銀行家の目線から解説します。

シリーズの全体像はこちらです。

①WACCとは(投稿済)
②なぜ今WACCなのか(投稿済)
③負債資本コストの出し方(投稿済)
④株主資本コストの出し方(今回)
⑤βの直感的な理解(今回)
⑥CAPMモデルはなぜ偉大か(投稿済)
⑦最適資本構成

次のシリーズは来週投稿しますので、良かったらフォローしてください!励みになります。ではまた!


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