見出し画像

【MBA - 海外論文要約】企業のCEO報酬における画一的な傾向:機関投資家、プロキシアドバイザー、情報開示の影響


研究概要
Executive compensation: The trend toward one-size-fits-all Felipe Cabezon1 Virginia Tech, United States of America

この論文では、近年見られるCEO報酬体系の画一化傾向、すなわち「ワンサイズ・フィッツ・オール」の傾向について分析しています。簡単に言うと、異なる企業のCEO報酬が、まるで同じ型にはめたように似通ってきているということです。著者は、この傾向の背景には、機関投資家(年金基金や投資信託のように、多くの人の資金をまとめて運用する大きな投資家)の影響力の増大、プロキシアドバイザー(機関投資家に議決権行使を助言する会社)の推奨、そして報酬情報開示の拡大があると主張しています。

結論

  • 2006年以降、CEO報酬の構成要素(給与、ボーナス、株式報酬、オプション(将来、あらかじめ決めた価格で自社株を買える権利)、非株式インセンティブ、年金、およびその他の報酬)における企業間のばらつきは24%減少しました。

  • この画一化は、株主価値の低下につながる可能性があり、企業にとって最適なインセンティブ設計(CEOが頑張るように工夫された報酬の仕組み)を阻害する可能性があります。

  • パネルデータ回帰(複数企業のデータを時系列で分析する手法)と外生的ショック(外部からの予期せぬ出来事)を用いた分析により、機関投資家の影響力、プロキシアドバイザーの推奨、そして報酬情報開示の拡大が、この標準化の主要な要因であることが示唆されました。

研究方法

  • CEO報酬の構造の類似性を測定するために、各企業の報酬構成要素の割合をベクトル(ここでは、報酬の構成比を表す数字の列)として表現し、そのコサイン類似度(ベクトル同士の角度から類似性を測る指標)を計算しています。

  • 機関投資家の影響力を分析するために、機関投資家の所有比率、エンゲージメントレベル(企業と積極的に対話する度合い)、および「セイ・オン・ペイ」(株主がCEO報酬案に賛否を表明する制度)の頻度などを考慮しています。

  • 情報開示の影響を分析するために、2006年の報酬に関する情報開示ルールの導入を自然実験(ある制度などが導入されたことを利用して、その影響を分析する手法)として利用しています。

  • プロキシアドバイザーの影響力を分析するために、ISS(Institutional Shareholder Services:世界最大のプロキシアドバイザー)の推奨と企業の報酬構造の関連性を調べています。

本文の要約

1. 導入

近年、CEO報酬の構造に画一化の傾向が見られるようになってきました。これは、最適なインセンティブ契約は、企業によって異なる多くのパラメータ(企業規模や業種、CEOの能力など)の関数であるという原則とは対照的な現象です。 つまり、本来であれば、企業ごとに最適なCEO報酬は異なるはずなのに、実際には似通ってきているということです。

2. 文献レビューと概念的枠組み

先行研究では、報酬体系は、企業の規模、年齢、業界、競争レベル、情報非対称性(経営者と株主の情報量の差)、目標、CEOの努力のコスト、リスク回避、富、キャリアの関心など、さまざまな要因によって異なることが示唆されています。しかし、機関投資家の台頭、報酬情報開示の拡大、株主の権利拡大など、最近の規制によって、企業はCEO報酬を設計する際に外部からの圧力に直面している可能性があります。

3. データと方法論

この研究では、Execucomp(CEO報酬に関するデータベース)、CRSP/Compustat(企業財務データ)、ISSインセンティブラボデータベース、トムソンロイターの機関投資家(13F)保有データベース、Kempf et al. (2017)の株主「ディストラクション」指標(株主が短期的な利益を追求する度合いを測る指標)、ISS Voting Analytics、Boardex(取締役会に関するデータ)などのデータセットを使用しています。報酬構造の類似性を測定するために、各企業について、給与、ボーナス、株式報酬、オプション報酬、非株式インセンティブ、その他の報酬の6つの主要な報酬構成要素を含むベクトルを作成し、コサイン類似度を計算しています。

4. 報酬構造の標準化

分析の結果、報酬構造の平均的な類似度は、2007年の0.5から2019年には0.62に増加しました。これは、過去13年間で報酬構造のばらつきが24%減少したことを意味します。また、企業がCEOのパフォーマンスを評価するための指標にも、同様の標準化傾向が見られました。

5. 経済的要因

5.1 機関投資家の影響力

企業の機関投資家の所有比率が高くなると、報酬構造の平均的な類似性も高くなることがわかりました。この影響は、機関投資家が企業の経営陣と関与し、企業ポリシーに影響を与えるインセンティブが高いほど強くなります。逆に、機関投資家が企業のガバナンスポリシー(企業統治の仕組み)にあまり関与していない場合は、この影響は弱くなります。

5.1.1 強制的なセイ・オン・ペイの頻度からの証拠

セイ・オン・ペイ(SOP)とは、上場企業が役員報酬プランを株主投票にかける慣行のことです。2011年にSOPが義務化された後、株主はSOP投票の頻度(1年、2年、または3年ごと)について投票しました。このSOP頻度投票は、機関投資家の報酬プラン設計への影響力を高めるための主要な手段として使用されました。つまり、SOP頻度が高い企業は、頻度が低い企業よりも、機関投資家の影響を受けやすくなります。分析の結果、SOPの頻度が3年から1年に変わると、報酬構造の類似性が約10%増加することがわかりました。

5.1.2 プロキシアドバイザリー会社

機関投資家は、プロキシアドバイザーの推奨により、画一的な傾向を助長している可能性があります。分析の結果、以下のことがわかりました。

  • 企業がISSから否定的なSOP推奨を受けると、報酬構造の類似性が増加します。

  • 企業の報酬構造が他の企業と類似していないほど、ISSから否定的なSOP推奨を受ける可能性が高くなります。

  • 企業は、SOPの支持率が低いためにISSからより厳しい監視を受けると、報酬プランを標準化する傾向があります。

  • 企業の報酬構造は、ISSのSOPに関する推奨の背後にある暗黙のうちに好ましいベクトルを模倣したシミュレートされたベクトルに収束します。

5.2 報酬の情報開示

報酬構造の標準化のもう1つの潜在的な原因は、過去数十年に見られた報酬の情報開示の増加です。他の企業の報酬に関する情報が増えると、模倣が容易になり、企業間の報酬構造がより類似する可能性があります。

5.2.1 2006年の役員報酬開示に関するCD&Aルール

2006年にSEC(米国証券取引委員会)が導入した報酬に関する議論と分析(CD&A)ルールは、他の企業に関する利用可能な情報を外生的に増加させました。このルールにより、企業は報酬の概要表に記載されている各報酬構成要素(給与、ボーナス、株式、オプション、非株式インセンティブプラン、その他の報酬)について説明するCD&Aを公開することが義務付けられました。分析の結果、2007年の報酬プランは、2006年にCD&Aルールを適用された企業の2006年の報酬プランと、そうでない企業の2006年の報酬プランよりも、有意に類似性が高いことがわかりました。

5.2.2 報酬情報開示の拡大と機関投資家

機関投資家が企業に、より標準化された報酬プランを採用するよう影響を与えているという以前の証拠を考えると、情報開示の効果は、機関投資家のプレゼンスが高いほど強くなる可能性があります。報酬情報開示の拡大により、機関投資家は、さまざまな企業のさまざまな報酬要素をより簡単に比較できるようになるため、より詳細な監視が可能になります。分析の結果、CD&Aによる情報開示の効果は、企業の機関投資家の所有比率が高い場合、また、それらの投資家が企業の経営に影響を与えるインセンティブが高い場合に、より大きくなることがわかりました。

6. 報酬構造の標準化と企業価値

CEO報酬の標準化が企業価値に与える影響を調べたところ、標準化は、企業の特性が予測する報酬構造につながっていないことがわかりました。また、標準化は、報酬とパフォーマンスの感応度と市場価値の低下に関連していることもわかりました。これらの結果は、報酬構造の標準化が、平均して企業価値に悪影響を与えることを示唆しています。

6.1 操作変数法による推定

操作変数法(他の変数を利用して、原因と結果の関係をより正確に分析する手法)を用いて、より厳密な分析を行いました。具体的には、取締役が複数の取締役会に在籍する場合のピア効果(周りの影響)を利用して、報酬構造の類似性の操作変数(他の変数と相関があり、目的の変数に直接影響を与えない変数)を作成しました。分析の結果、報酬構造の類似性の変化は、デルタ(株価の変化に対する利益の変化の割合)、市場価値、および株主利益の減少につながることがわかりました。これらの影響はすべて、機関投資家が画一的な体制に従うインセンティブが高い場合に、特に顕著に現れました。

7. 結論

本研究では、役員報酬構造における画一的な傾向を明らかにし、その主な要因として機関投資家の影響とプロキシアドバイザーの推奨を挙げました。さらに、報酬構造の類似性の増加は、企業価値と株式リターンの低下に関連していることがわかりました。標準化は、ガバナンスの慣行を合理化し、企業間の比較可能性を高める可能性がありますが、ここで示された実証的証拠は、そのような画一化に伴う潜在的なコストを浮き彫りにしています。

本稿の知見は、機関投資家の監視の強化とプロキシアドバイザーの推奨が、個々の企業の特定の状況やニーズに合わせて調整されていない場合には、どのように最適とはいえない結果につながるかについての理解を深めるのに役立ちます。さらに、情報仲介者(ここではプロキシアドバイザー)の役割に関する議論に貢献し、情報仲介者に過度に依存することの潜在的な危険性を浮き彫りにしています。

重要なのは、報酬情報開示の拡大や株主投票など、最近の規制が報酬構造の標準化につながることも示していることです。これらの知見は、規制当局が規制を設計する際に、意図せぬ結果を考慮することの重要性を強調しています。

8. 本研究の限界と将来の研究の方向性

本研究にはいくつかの限界があります。まず、報酬構造の類似性の増加が、必ずしも企業価値の低下につながるとは限りません。企業によっては、標準化された報酬プランを採用することで、効率性や透明性が向上する可能性もあります。また、本研究では、CEO報酬に影響を与える可能性のある他の要因、例えば企業文化、CEOの個人的な特性、業界の慣行などを考慮していません。

将来の研究では、これらの限界に対処し、報酬構造の標準化の影響をより深く理解することが重要です。例えば、標準化が企業価値に与える影響を、企業規模、業界、成長段階などの要因別に分析することが考えられます。また、標準化された報酬プランを採用することで、どのようなメリットがあるのかを明らかにすることも重要です。

9. 示唆

本研究の結果は、企業の経営者、取締役会、機関投資家、そしてプロキシアドバイザーに、いくつかの重要な示唆を与えます。

  • 企業の経営者と取締役会は、 CEO報酬を設計する際に、画一的なアプローチを避け、自社の状況に合わせて最適な報酬プランを決定する必要があります。標準化された報酬プランを採用することで、CEOのモチベーションが低下し、企業価値が損なわれる可能性があることを認識する必要があります。

  • 機関投資家は、企業に過度に標準化された報酬プランを押し付けることを避けるべきです。機関投資家は、企業の長期的な価値創造を支援するために、個々の企業の状況を考慮した上で、エンゲージメント(企業との対話)を行う必要があります。

  • プロキシアドバイザーは、企業に画一的な推奨を行うことを避け、企業の特性に応じたアドバイスを提供する必要があります。プロキシアドバイザーは、自社の推奨が企業価値に与える影響を十分に考慮する必要があります。

本研究は、CEO報酬の設計における画一的なアプローチの危険性を示唆しています。企業は、自社の状況に合わせて最適な報酬プランを決定し、機関投資家やプロキシアドバイザーは、企業に過度に標準化された報酬プランを押し付けることを避けるべきです。

補足:定量的な内容

  • 2006年以降、CEO報酬の構成要素における企業間のばらつきは24%減少しました。

  • 2007年の報酬構造の平均的な類似度は0.5でしたが、2019年には0.62に増加しました。

  • SOPの頻度が3年から1年に変わると、報酬構造の類似性が約10%増加することがわかりました。

補足:Google検索で検索結果に出てこないような珍しい情報

  • 論文では、Kempf et al. (2017)の株主「ディストラクション」指標という、あまり知られていない指標を使用しています。株主「ディストラクション」指標は、機関投資家が短期的な株価変動に振り回され、企業の長期的な成長を軽視する度合いを数値化したものです(この論文にアクセスできず計算方法不明。気になる…)。

  • 論文では、ISSのSOPに関する推奨の背後にある暗黙のうちに好ましいベクトルを模倣したシミュレートされたベクトルを作成し、企業の報酬構造がこのベクトルに収束する傾向があることを示しています。

補足:論文の内容を基に示唆されること

  • CEO報酬の画一化傾向は、企業の長期的な価値創造を阻害する可能性があります。

  • 機関投資家やプロキシアドバイザーは、企業に過度に標準化された報酬プランを押し付けることを避けるべきです。

  • 企業は、自社の状況に合わせて最適な報酬プランを決定する必要があります。

  • 報酬情報開示の拡大は、報酬構造の標準化につながる可能性があります。

いいなと思ったら応援しよう!

ララ
いただいたチップは書籍・学費などの勉強代に使わせていただきます🙇