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【MBA - 論文要約】B2B企業のブランド価値と株価の関係性:名刺保有者の評価が企業価値を左右する?


出展:B2B 企業ブランド評価と株価の価値関連性の実証研究 真鍋友則(Sansan 株式会社), 中川 慧(野村アセットマネジメント株式会社)

研究概要

近年、企業価値において無形資産の重要性が高まっている。特に、「ブランド力」は顧客のロイヤルティに影響を与える重要な無形資産の一つだ。これまでの研究では、B2C企業のブランド価値と株価の関係性については多くの分析が行われてきた。しかし、B2B企業については、一般消費者を対象としたブランド調査が難しいため、十分な分析が行われてこなかった。

そこで、本研究では、名刺管理サービスを提供するSansan株式会社が開発した企業ブランド指標「BBES」を用いて、B2B企業のブランド価値と株価の関係性を分析した。BBESは、調査対象企業の名刺保有者を対象としたアンケート調査により、企業のブランドイメージを数値化したものである。

結論

分析の結果、BBESは、B2B企業の株価形成を説明する要因の一つであることが明らかになった。特に、BBESの「ブランド」スコアは、B2B企業の業績と強い関連性を持つことが示された。

研究方法

本研究では、2018年5月と11月にSansan株式会社が実施したBBES調査のデータを用いて分析を行った。分析対象は、上場企業約500社。分析手法としては、重回帰分析、マルチレベルモデルを用いた。

1. はじめに

企業価値は、目に見える資産である「有形資産」と、目に見えない資産である「無形資産」の合計で決まります。無形資産には、知的財産、商標、技術、知識、人材、組織文化、評判など、財務諸表には表れにくいものがあります。

20世紀は、土地や建物などの有形資産が企業価値の主要な要素でしたが、21世紀に入ると、無形資産の重要性が増してきました。イギリスやアメリカでは、無形資産への投資額が有形資産への投資額を上回っているという報告もあります。

顧客のロイヤルティに直結する企業ブランドは、無形資産の中でも特に重要な要素です。ブランド価値を適切に評価することは、将来の収益を予測し、株主価値を高めるために不可欠です。

ブランド価値と企業価値の関係性については、これまで多くの研究が行われてきました。しかし、これらの研究は、主にB2C企業を対象としたものでした。B2B企業については、消費者調査に基づいたブランド評価が難しいため、十分な分析が行われていませんでした。

そこで、本研究では、日本企業のB2B関係上のブランド評価と株価の関係性を分析します。具体的には、財務諸表における純資産と利益の情報を所与として、ブランド価値評価が株価の形成に追加的に説明するかどうかを検証します。B2Bブランド価値の指標としては、Sansan株式会社が開発した企業ブランド指標「BBES」を用います。

BBESは、Sansan株式会社が提供する名刺アプリ「Eight」のユーザーを対象に、調査対象企業の名刺保有者に企業のブランド等に関するアンケート調査を行い、それを数値化したものです。特徴として、調査対象企業の名刺を保有しているユーザーのみを調査対象集団としていることが挙げられます。名刺を保有しているということは、調査対象企業の人と実際に面識があるということなので、ビジネス上の関わりのある人物からの評価が得られます。これにより、一般認知度の低いB2B企業についても、ブランド価値を測定できることが期待されます。

2. 関連研究と本稿の位置付け

2.1 ブランド価値の評価

企業のブランド価値評価には、財務指標などに基づいて金額で算出する方法と、アンケート調査に基づいて点数で評価する方法があります。

金額ベースの評価方法としては、経済産業省が提唱している算出法などがあります。この方法は、財務諸表の数値から製品価格のプレミアムを査定し、その超過利益をベースとして企業のブランド価値を査定するというものです。

点数ベースの評価方法としては、顧客満足度調査などがあります。顧客満足度調査は、顧客維持や安定的な利益の確保と関連があり、企業の株価とも関連を持つ指標であることが実証されています。

日本国内では、伊藤らが質問調査と財務データを統合した「CBバリュエーター」という指標を開発しています。伊藤らは、CBバリュエーターが企業の時価総額や株価リターンを追加的に説明できる情報量を有していることを実証しました。また、日経BPコンサルティング社が発行する「ブランド・ジャパン」という調査に基づく企業ブランド指標もあります。

2.2 ブランド価値と株価評価の実証研究とその方法

ブランド価値評価と株価の関係性については、Barth et al. (1998)やKallapur and Kwan (2004)などの研究があります。

Barth et al. (1998)は、米国企業を対象に、ブランド価値と株価の関係性を分析しました。ブランド価値の指標としては、イギリスのブランド・コンサルティング会社であるインターブランド社のモデルで算定された価値を使用しました。分析の結果、ブランド価値は株価の形成を説明する要因の一つであることが明らかになりました。

Kallapur and Kwan (2004)は、イギリス企業を対象に同様の検証を行いました。分析の結果、純資産と純利益を所与としても、ブランド価値が株価を追加的に説明することを明らかにしました。

日本においても、桜井・石光 (2004)が、経済産業省のブランド価値評価研究会が提案するモデルに基づいて計測されたブランド価値を用いた検証を行いました。

2.3 本稿の位置付け

これまでの研究は、主にB2C企業を対象としたものでした。B2B企業については、一般認知度が低く、消費者調査が難しいため、十分な分析が行われていませんでした。

本稿では、Sansan株式会社が発行する、企業の名刺保有者を対象とした企業ブランド調査指標「BBES」を用いて、B2B企業のブランド価値と株価の関係性を分析します。

BBESは、名刺保有者を調査対象者とすることにより、その企業内部の人間と少なくとも一度は面識のある者を母集団としています。そのため、ランダムサンプリングによる調査と比べて、調査母集団における企業認知度は高くなっていることが予想されます。このことから、BBESは、他の調査指標と比べて、一般認知度の低いB2B企業のブランド評価をより適切に得ることができているものと期待されます。

3. リサーチ・デザイン

3.1 BBES (B2B Engagement Score)

BBESは、Sansan株式会社が提供する名刺アプリ「Eight」のユーザーを対象に、調査対象企業の名刺保有者に企業のブランド等に関するアンケート調査を行い、それを数値化したものです。

アンケート調査は、半年ごとに実施されます。調査対象企業の名刺を有する人にランダムにアンケート調査票がメールで送付され、任意で回答が回収されます。調査母集団を名刺所有者に限定することにより、全母集団からのランダムサンプリングと比べて、その企業の人と実際に面識があり関連度の高い人たちを対象とした調査が実現できます。

アンケート調査では、「ブランド」、「サービス」、「ヒト」の3項目に関する意識調査が行われます。回答者は、

  • 「x社のブランドイメージは魅力的だと思いますか?」

  • 「x社の製品・サービスは自社/社会に有用だと思いますか?」

  • 「x社の人は好印象だと思いますか?」

の3つの質問に対し、0~10の11段階で評価します。1人の回答者が回答できる企業数は、最大3社までです。

3.2 BBESと財務指標、業種の関連性

BBESと企業の財務指標(時価総額、純利益、純資産)の関連性について分析した結果、BBESの全項目と財務指標の間に正の相関があることがわかりました。

また、BBESの平均値の分布は、業種によって異なることもわかりました。

3.3 BBESと企業価値の関連性を検証するモデル

BBESがブランド無形資産価値情報を含んでいるかどうかを評価するためのモデルについて説明します。

本検証は、Kallapur and Kwan (2004)の回帰モデルに基づいて実施しました。

このモデルは、Ohlsonモデル (Ohlson, 1995)と同様の構造を持っています。Ohlsonモデルは、市場均衡における企業の利益を超過した超過利益を定義します。そして、超過利益は一時的に発生するものの、長期的には競争原理によってゼロに収斂すると仮定を置きます。

式 (10)がOhlsonモデルといわれる企業評価モデルであり、企業価値を簿価と利益の加重平均とその他情報で表現しています。本稿の式 (8)においては、その他情報としてBBESスコアを用いたものと解釈できます。すなわち、係数B3が統計的に有意に正の値を示すようであれば、BVとNPでは説明しきれない企業価値の剰余の部分、すなわち無形資産価値をBBESが追加の情報として有していることが示されます。

4. 実証分析

4.1 BBESと企業価値の分析結果

BBESスコアを用いた分析では、2018年5月と11月の2時点のデータを用いました。分析対象は、東京証券取引所一部または二部に上場している企業のうち、BBES調査で有効回答を得られた企業です。

分析の結果、BBESの「ブランド」スコアは、株価形成を説明する要因の一つであることが明らかになりました。純資産と利益をコントロールした上でも、「ブランド」スコアは株価に正の影響を与えていました。

4.2 業種別分析

業種別に分析を行った結果、「ブランド」スコアの株価への影響は、B2B企業群で特に大きいことがわかりました。

4.3 ロバストネス・チェック

分析結果の頑健性を確認するために、以下の3つの方法でロバストネス・チェックを行いました。

  1. 説明変数の追加

  2. サブサンプルを用いた分析

  3. 異なるモデルを用いた分析

いずれの分析においても、BBESの「ブランド」スコアが株価に正の影響を与えているという結果は変わりませんでした。

5. 結論

本研究では、Sansan株式会社が開発した企業ブランド指標「BBES」を用いて、B2B企業のブランド価値と株価の関係性を分析しました。

分析の結果、BBESは、B2B企業の株価形成を説明する要因の一つであることが明らかになりました。特に、BBESの「ブランド」スコアは、B2B企業の業績と強い関連性を持つことが示されました。

本研究は、B2B企業のブランド価値と株価の関係性を明らかにしたという点で、学術的な貢献をしています。また、BBESがB2B企業のブランド価値を測定する有効な指標であることを示したという点で、実務的な貢献もしています。

6. 考察

本研究の結果から、B2B企業においてもブランド価値が重要であることが示唆されました。B2B企業は、製品やサービスの品質だけでなく、ブランドイメージも重視することで、企業価値を高めることができる可能性があります。

BBESは、名刺保有者を対象としたアンケート調査に基づいて作成された指標です。名刺保有者は、調査対象企業の人と実際に面識があるため、企業のブランドイメージをより正確に評価できると考えられます。

本研究では、BBESの「ブランド」スコアが株価に正の影響を与えることが示されました。これは、B2B企業においても、ブランドイメージが投資家の評価に影響を与えることを示唆しています。

7. 今後の課題

本研究では、BBESの「ブランド」スコアが株価に影響を与えるメカニズムについては明らかにしていません。今後の研究では、このメカニズムを解明することが課題となります。

また、本研究では、日本の企業を対象に分析を行いました。今後の研究では、他の国々の企業を対象に分析を行い、本研究の結果が一般化できるかどうかを検証する必要があります。

論文の内容を基に示唆されること

  • B2B企業こそブランド戦略が重要: 従来、ブランド戦略はB2C企業の専売特許のように考えられてきましたが、本研究の結果は、B2B企業においてもブランド価値が株価に影響を与えることを示唆しています。B2B企業は、製品やサービスの品質だけでなく、ブランドイメージも強化することで、企業価値を高めることができるでしょう。

  • 従業員一人ひとりがブランド大使: BBESは名刺保有者を対象とした調査であることから、従業員一人ひとりの行動や言動が企業のブランドイメージに影響を与える可能性が示唆されます。企業は、従業員エンゲージメントを高め、従業員一人ひとりがブランド価値向上に貢献できるような組織文化を醸成することが重要になります。

  • デジタル時代のブランド構築: 名刺管理サービスのデータがブランド価値の測定に活用されていることは、デジタル化が進む現代において、オンライン上での情報発信や顧客とのコミュニケーションがブランド構築に重要であることを示唆しています。


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