WACC③ 実務 : 負債資本コストの算出 Part2
WACC(Weighted Average Cost of Capital:加重平均資本コスト)は、企業が資金調達にかかるコストを測る重要な指標です。このnoteではWACCを投資銀行家の目線から解説したいと思います。
投稿する思いとしては、アクティビスト対策業務を行う中で、WACCの理解の重要性を強く感じたことです。
WACCの算出は簡単です。一度理解してしまえば特段お金をかけることもなく算出できます。1社のWACCを算出するのにかかる時間は15分程度です。
しかし現状を見ると、コンサルに多額のお金を払って算出している会社もあったりと、私としては違和感を覚えています。そんなお金取るものか…?と。
であればWACCに関する情報格差を減らすべく、実務の話をしてみようと始まったのがこのシリーズです。
一連のnoteを見てもらえれば、誰でもお金をかけずにWACCを出し、それを基に議論できるようになるはずです。シリーズの全体像はこちらです。
WACCを誰もが出せることで、私が願っているのはこんなことです。
WACCシリーズの需要がありそうでしたら(気分屋のOLは、皆様の反応をやりがいとして暮らしてます…笑)、次は理論株価の出し方、株主との対話の究極であるアクティビスト対策の実務の話もしたいと思います。
さて前置きはこのくらいにして本題に移りましょう!
WACCは、以下の式で表されます。
WACC = (株主資本コスト × 株主資本比率) + (負債資本コスト × (1 - 実効税率) × 負債比率 )
今は分からなくて問題ありません。細かく分けて解説していきます。今回はこの部分です。
負債資本コスト × (1 - 実効税率)
前回詳細にお伝え出来なかった格付けを利用した負債資本コストの算出を解説します。
貸出・借入利率の決まり方
銀行から融資を受ける際、企業は金利を支払う必要があります。この金利は、どのように決まるのでしょうか?
金利は、本当に単純にするとこの式で決まります。
リスクフリーレート、信用スプレッド両方これから解説します。
リスクフリーレート: 要は絶対に返してもらえると確信がある場合の金利です。そんなのこの世に存在するのか?と思うかもしれませんが、実務では国債がそれにあたります。国債なら絶対返ってくるだろうと。
信用スプレッド: その名の通り、返済してくれるのか怪しい企業ほど信用スプレッドが大きくなり、金利が高くなります。少し難しく言えば、借り手の信用力に応じてリスクフリーレートに上乗せされる金利であり、信用力が高い企業ほど、信用スプレッドは低くなります。ここは次のセクションで詳しく説明します。
実際は他以下の要素も加味され、金利が決まりますが、シンプルにとらえるならリスクフリーレートに信用スプレッドを上乗せすることで決まります。
担保・保証: 担保や保証を提供することで、金利を低く抑えることができます。
資金需要: 市中の資金需要が高まると、金利は上昇する傾向があります。
金融政策: 中央銀行の金融政策によって、金利は影響を受けます。
貸付期間:期間が長いほど、金利は高くなる傾向にあります。
格付けを利用して負債資本コストを算出する
企業の信用力を評価する指標として、格付けがあります。格付けは、格付け会社が企業の財務状況や事業内容などを分析し、債務不履行のリスクを評価したものです。格付けが高いほど、信用力が高いと判断されます。
格付けを利用することで、負債資本コストを算出することができます。具体的には、リスクフリーレートに、格付けに応じた信用スプレッドを加算することで、負債資本コストを算出します。
リスクフリーレートを特定する
実務では国債の複利を使います。一旦WACCを算出する文脈では10年国債の複利を使用すればいいと思います。次回以降の記事で詳しく述べますが、10年の国債を株主資本コストでも使うので、負債資本コストでも10年を使いうと整合性が取れるためです。足元では0.95%です。詳細は以下のリンクをクリックしてみてください。ネットで「10年 国債 複利」と検索いただくと多くの情報が得られます。
格付けとは
格付けとは、格付け会社が企業の信用力を評価したものです。格付けは、債券や借入金の金利を決定する際の重要な要素となります。
格付けの読み方
格付けは、アルファベットと数字を組み合わせた記号で表されます。格付けは、アルファベットや記号、数字などによって表され、安心できる(債務履行の確実性が高い)ものからAAA(トリプル・エー)、AA(ダブル・エー)、A(シングル・エー)、BBB(トリプル・ビー)などと続きます。読み方が特徴的ですので、注意です。私は最初恥をかきました笑
まとめるとAAAが最も信用力が高く、Dは債務不履行状態(倒産間近)を表します。
格付けが高い企業ほど、低い金利で資金を調達できます。要は信用スプレッドが小さく、負債資本コストは低くなります。ですので格付けを利用した負債資本コストを出すとは、格付け会社が公表しているデータや、過去の債券発行時の金利などを参考に、自社や評価したい会社の格付けに合った負債資本コストを推定することを指します。
最も信用力の高いトリプルA格の債券(貸出期間5年)では、最近の信用スプレッドは平均0.25%で推移しています。一方でトリプルB格では、スプレッドは平均約1.32%で取引されています。トリプルB格は返してくれるかが怪しいため、それに見合った高い利回りが付いているわけです。
この傾向を考えるとトリプルAから格付け一つ落ちるごとに0.1%信用スプレッドが増えるの理解で良いかと思います(プロにこんなざっくりしたことを言うと怒られそうですが)。
ですので例えば、リスクフリーレートが1%で、トリプルA格の債券があった場合、金利(負債資本コスト)はおよそ1.25%と想定できます。
【ご参考】海外の主な格付け会社
3大格付け会社としては以下が挙げられます。
・ S&Pグローバル・レーティング
・ ムーディーズ
・フィッチ・レーティング
せっかくなのでそれぞれの会社にどのような格付けがあり、読み方が少し特殊なので紹介します。
1. S&Pグローバル・レーティング
投資適格(一般的な投資対象)
AAA(トリプルエー)
AA+(ダブルエー・プラス)
AA(ダブルエー)
AA-(ダブルエー・マイナス)
A+(エー・プラス)
A(エー)
A-(エー・マイナス)
BBB+(トリプルビー・プラス)
BBB(トリプルビー)
BBB-(トリプルビー・マイナス)
投機的格付け(ジャンクボンドと呼ばれ、リスクが高く、ギャンブル的な投資対象)
BB+(ダブルビー・プラス)
BB(ダブルビー)
BB-(ダブルビー・マイナス)
B+(ビー・プラス)
B(ビー)
B-(ビー・マイナス)
CCC+(トリプルシー・プラス)
CCC(トリプルシー)
CCC-(トリプルシー・マイナス)
CC(ダブルシー)
C(シー)
D(ディー)
2. ムーディーズ
投資適格
Aaa(トリプルエー)
Aa1(ダブルエー・ワン)
Aa2(ダブルエー・ツー)
Aa3(ダブルエー・スリー)
A1(エー・ワン)
A2(エー・ツー)
A3(エー・スリー)
Baa1(トリプルビー・ワン)
Baa2(トリプルビー・ツー)
Baa3(トリプルビー・スリー)
投機的格付け
Ba1(ダブルビー・ワン)
Ba2(ダブルビー・ツー)
Ba3(ダブルビー・スリー)
B1(ビー・ワン)
B2(ビー・ツー)
B3(ビー・スリー)
Caa1(トリプルシー・ワン)
Caa2(トリプルシー・ツー)
Caa3(トリプルシー・スリー)
Ca(シーエー)
C(シー)
3. フィッチ・レーティング
投資適格
AAA(トリプルエー)
AA+(ダブルエー・プラス)
AA(ダブルエー)
AA-(ダブルエー・マイナス)
A+(エー・プラス)
A(エー)
A-(エー・マイナス)
BBB+(トリプルビー・プラス)
BBB(トリプルビー)
BBB-(トリプルビー・マイナス)
投機的格付け
BB+(ダブルビー・プラス)
BB(ダブルビー)
BB-(ダブルビー・マイナス)
B+(ビー・プラス)
B(ビー)
B-(ビー・マイナス)
CCC+(トリプルシー・プラス)
CCC(トリプルシー)
CCC-(トリプルシー・マイナス)
CC(ダブルシー)
C(シー)
RD(アールディー)
D(ディー)
格付けは、投資判断や金融機関の健全性を判断する際に用いられます。格付けが高いほど信用力が高く、利回りが低く安定的とされます。一方、格付けが低いほど信用力が低く、利回りが高く投機的とされます。
格付けを判断する
格付け情報は、格付け会社のホームページや新聞、テレビのニュース番組などで提供されています。例えばこのサイトです。
また格付け情報は公正を期すために、どれくらいの会社がどの格付けなのか、格付け方法を公表しています。
これらの表と、格付けしたい会社の財務指標を照らして7.8割それっぽい格付けを決定し、格付けが決まるから信用スプレッドが決まり、信用スプレッドが決まるから負債資本コスト(金利)を推定できるという流れになります。
格付けの決まり方は複雑で、いろんな記事が出ていますのでこちらのサイトを参照してみてください。業種等でも変わってくることがこれらの記事を読めばなんとなく把握できると思います。
https://www.jcr.co.jp/pdf/dm25/JCR's_Rating_Methodology20071214.pdf
https://www.r-i.co.jp/methodology_sector/2023/05/methodology_sector_20230519_jpn.pdf
【ご参考】ベーシスポイントとは
ベーシスポイント(bp)とは、金利や利回りの変化を表す単位です。1bpは0.01%に相当します。
ベーシスポイント(bp)は、金利や利回りなどの変化を表す際に使われる単位で、0.01% つまり 1%の100分の1 を表します。なぜベーシスポイントを使うのかというと、金利や利回りは、わずかな変動でも経済や市場に大きな影響を与えるため、その変化を正確に表現することが重要です。
パーセント (%) で表現すると、小数点以下の数字が複数桁になる場合があり、分かりにくく、誤解を生む可能性があります。そこで、ベーシスポイントを用いることで、小数点以下の細かい数字を使わずに、簡潔で明確に変化を表現しています。
例
金利が 0.25% 上昇した場合、「25ベーシスポイント(25bp)上昇」と表現します。
債券の利回りが 0.1% 下落した場合、「10ベーシスポイント(10bp)下落」と表現します。
ニュースや経済レポートなどで「ベーシスポイント」という言葉を目にした際は、それが 0.01% を表していることを思い出してください。
おさらい
色々ごちゃごちゃ書きましたが、最後に負債資本コストを算出しておさらいとしましょう。
前提
計算式
計算
よって、企業Aの負債資本コストは1.5%となります。
参考文献
資本コストを出した後どのように実務で利用されているかを詳細に書いてくれている唯一の本です。資本コストを意識した株主との対話の現場を臨場感持って書いてくれています。おすすめです。
最後に
今回はWACCにおける負債資本コストの算出方法について解説しました。このnoteでは引き続きWACCを投資銀行家の目線から解説します。
シリーズの全体像はこちらです。
次のシリーズは来週投稿しますので、良かったらフォローしてください!励みになります。ではまた!
また現在はこちらの書籍を解説するメンバーシップを運営しています!開設した思いはこちらです。
良かったら一緒に勉強しましょう!メンバーシップ詳細はこちらから!
読んでいただきありがとうございました。皆様に幸ありますように。