【読書】『犬神家の一族』横溝正史
仁義なき跡目争い
由緒正しきお家騒動である。ここ最近はぱらぱらと横溝正史ミステリを一から読んでいっていたのだけど、順番があったことをここで初めて知った。犬神家って5作目なんだ……。
映画版が有名だよね
スケキヨが頭から池にブッ刺さってるやつ。古い日本映画が好きなので石坂浩二が金田一耕助を演じる映画の方は概ね見ていたりするのだけれど、順番ガン無視で見ている上にこれは一族のうちの誰なんだよ……と考えているうちになにがなんだかわからないまま〜終〜となっており釈然としない。
もっと真面目に見ろという話なのだが、基本的にミステリを推理ものではなく愉快な死体展覧会だと思って見ているので、豪奢な死に方にキャッキャした後の犯人はお前だパートのことをおまけだと思っている節がある。
そもそも名前だけ言われても誰だ……？となるし（邦画のセリフを聞き取るのがあまり得意ではない）、特に戦争直後の名家は一族内の名前が似すぎてる上にそれが入れ替わったり死んだり生き返ったりしてるんだからわけがわからない。
小説なら漢字の文字列で覚えるので人の名前や関係性が覚えられるのに……ということでいざ尋常に原作チャレンジである。
金田一耕助の事件簿
じっちゃんの名にかけられるほうの探偵。戦争経験者。戦争に行く前はアメリカで麻薬にハマっていたらしい。名探偵の嗜みである。
八つ墓村から犬神家まで読んだ時点で、殺人セーブ率はあまり高くないように思える。なんかめっちゃ死んでる。金田一がその場にいても死んでる。そうして関わる人間があらかた死んでしまった後に犯人すらも死んでる。ビターエンドが多めではあるがそういうタイプの探偵らしい。
得意なことはうら寂しい寒村の大家で起こる殺人事件の解決。最近ではゲ謎なんかも大流行りしたけど、因習村というイメージを作り出したのは横溝正史と言っても過言ではない。それはそれとして入り乱れてて相互に憎み合っていて不穏な影が垂れ込める一族があれば東京でも事件を解決している。
興奮するともじゃもじゃ頭をガリガリ引っ掻き回してフケを撒き散らす悪癖持ち。金田一耕助と聞いて思い出すのは大抵このシーンだと思われる。
いざ犬神家へ
あらすじとしては、恩人の孫娘とかいう子供たちからしたら赤の他人としか思われない珠世という美貌の娘にすべての財産を相続する（故にその娘と自分の子供を結婚させられた人間が勝者）という、一族が殺し合うことを望んでいるかのような遺言状を残し死んだ資産家とその娘の三姉妹による壮絶な遺産相続物語。スケキヨのマスクと池に刺さってる姿が特別有名なアレ。
そのスケキヨがキーポイントかつ死に様がコミカルなせいで他の2人の孫たちの影が若干薄いまである。この作品で死ぬ孫たちはスケキヨとスケタケとスケトモの3人です。名前だけでも覚えてやってください。
というか犬神家の一族って言うくらいだから民俗学的な犬神憑きの話とか出てくるのかと思ったけどついぞ出てこなかった。気性が激しい財産持ちの一族だからその辺のモチーフを拝借したのだろうか？
ド有名作品とはいえミステリなのであまり多くを喋るわけにいかないんだけど、それでもこれだけは言わせてほしい。
女が強すぎ
強すぎるのである。いや強い女は好きなんだけど、それにしたって強すぎる。登場人物全員烈女。
三姉妹全員が異母姉妹ということで全員が全員のことを憎み嫌っている上に全員自分の子供に家を継がせたくて仕方がない。その上遺言状がアレなもんだから血で血を洗う遺産相続の始まりである。戦争で顔面に怪我をした（例のマスクはそれを隠すためである）スケキヨを本物か疑い、珠世を手篭めにした者勝ちと言わんばかりに息子をけしかけ、仕舞いには殺人事件が勃発する。
そうして心底憎み合っているわりに、共通の敵ができると凶悪なまでの結束力でその不憫にも目をつけられた人間を再起不能になるまで叩きのめす。恐ろしいにもほどがある。
犯人は女なのだが（ネタバレ）、特に本作最後の描写には息を呑むところがある。覚悟が決まりすぎていて漆黒の意思としか言えない。コミックス化するなら荒木飛呂彦がいいと思う。
というより横溝正史のすべてに言えるんだけど、全体的に倫理観がハチャメチャに戦後。これは他作品の話なのだけれど、戦争で人が死にまくったのを目の当たりにしてる時代だから犯人が平気で「あれは死んでも惜しくなかったのでなあ」とか言い出す。怨恨殺人もあるにはあるけどそのカムフラージュにとりあえず兄弟姉妹を全滅させるしその方が利が多いから殺すといったありさま。目的のためなら殺人も厭わなさすぎて断捨離くらいの感覚で人が死ぬ。
この時代の警察忙しかったろうな……と警察のご苦労が偲ばれる。いや警察は警察で金田一耕助のこと雑に疑って雑に牢屋に放り込んでたな……。時代だな……。
総評
原作を読んだ後に映画を観た方がよかった。