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誰もに訪れる「老い」について

noteユーザーには、いろんな年齢の方がいらっしゃると思います。
還暦を過ぎた私は高齢者グループ…
気持ちは30代40代のつもりでいましたが、年月は勝手に進んでいきます。
それとともに、自分という生物も、知らない間に老いてきていました。

いま、ミッドライフクライシスという言葉があるようです。
中年期特有の心理的危機のことを指し、職場や家庭での環境変化に加え、加齢による身体的変化もその要因の一つと言われます。

今回は、私自身が経験している、加齢によると思われる変化に、個人的な考えも挟みつつ書いてみます。

目が悪くなった

これは50歳前後から感じる人が多いみたいですね。
近くが見えない。若い人はスマホを当たり前に使ってますが、あれっていつまでも今と同じように使えるわけじゃないんですよ!

とはいえ、指で広げると拡大できる機能(ピンチアウト)は秀逸です。
近視の多い日本人は、①眼鏡をはずして裸眼で ②ピンチアウト多用 で対応しているケースが多いのかな。

あと、遠近両用メガネは、度を調整すると、とても快適になります。
特に近い距離が楽に見えるようにするのがポイントです。

朝早く目が覚めるようになった

なぜなんでしょうか?
医学的には、基礎代謝が落ちて消費エネルギーが減り、たくさん眠る必要がなくなるからだそうです。

まあ自然なことみたいなので、もう目が覚めちゃったらその時間を活用するのがお得ですね。特に夏場は早く明るくなるから、人の少ない爽やかな時間に散歩を楽しんだりできて、必ずしも悪いことではない様に思います。

疲労が遅れて出るようになった

何もしないでいると、筋肉はどんどん衰えていきます。
適度に運動をしていないと、筋肉量がどんどん減って、基礎代謝が減少し、さらに贅肉がつきやすくなります。

がんばって筋トレなんかをする人も多いと思いますが、筋肉痛とか疲れとか、何日か遅れて出てくるので、何が原因なのか分からないことが多い。

仕事でちょっと無理をしたときとかも、その夜や翌日はその勢いが残っていてハイテンションになったりするんだけど、何日かして原因不明の体調不良が何日も続くことがあります。

年寄りに無理をさせてはいけません。

歌が覚えられなくなった、リズムにのれなくなった

これはもう、悲しいですね。

小学校や中学校の頃に覚えた歌なんて、今でもなんで歌えるのかと思うぐらい自然に出てくるんだけれど、新しい歌を覚えようと思ってもなかなか覚えられない。
ちょっとイレギュラーなリズムが入っていたりするとなおさら乗れない。

でも最近、昔のミュージシャンがテレビに出て、歌ったり楽器を演奏したりするのを見る機会が多いんですが、80歳を超え90歳とかでも、凄くしっかり歌ったり演奏されたりしていて、驚かされます。

もちろんその方の才能と努力のなせるわざだと思いますが、ひょっとすると音楽については、継続していれば何とかなる??と期待しちゃってます。

いろんなところに潤いがなくなった

特に冬場は脛など皮膚が乾燥しやすく、痒くなりやすいです。

皮膚だけでなく、粘膜も分泌物が減る様で、一番感じるのは「声」です。
老人の声を形容するのに「しわがれ声」って使いますよね。
それです。

今にして思えば、若い頃ってすごく潤っているんですよね。
声につやがあるし、あと最近びっくりしたのは、唇を震わせて「プルルルル…」と発声したり、巻き舌で「トゥルルルル…」と発声したりするのが、うまくできない。

いろいろと、若いころにできたことができなくなってくるもんです。

「凄くおいしい」と思わなくなった

これもびっくりしていることの一つです。
昔は何を食べても「めっちゃおいしい!」と感じることが多かった。
でも最近は、もちろん美味しいものは美味しいんですが、「めっちゃ」とまで思うことはなくなりました。

量的にも、少し前までは美味しいものは満腹になるまで欲しかったのですが、今はそんなことはなく、腹7‐8分目で満足します。
むしろ食べ過ぎるとあとで後悔することになります。

食に対する執着がなくなった感じです。

運動神経の低下を経験して驚いた

先日、自転車に乗っている時、ちょっとショックなことがありました。

「車両進入禁止」の場所に、地面から等間隔に立ち上がっている金属の棒がありますよね。高さ50cmぐらいの。そこは50cmぐらいの間隔で棒が立っていて、いつもの様に間をすり抜けようとして自転車を走らせたのですが、片方のペダルが思いがけず金属にぶつかってしまいました。

これまでそんなことはなかったのに… 
やっぱり年を取ると運動神経が落ちるんですね。

いま高齢者の運転が問題になっています。
自分でできていると思っている動きが、気が付くとできなくなっていることを自覚しなければいけません。

信号が変わりかけているのに横断歩道を渡り始める老人を時々見ますが、若いころの感覚で、急げば間に合うと思ってしまうんでしょうね。

危ないですよ! 全然間に合ってないんだから…

人の名前が出てこない

これはもう、みなさん経験していると思います。
特に、比較的最近に知り合った人で起こりやすい。

宴会などでお酒が入ったら余計ひどくなるのも、脳に余力がなくなっているからでしょうね。

名前を呼ぶべきところをなんかごまかしてしゃべっている年配の人を見かけたら、きっとその状態ですよ。

やさしく対応してあげてください。

ほかにもまだまだあるけれど、言いたいことは

思いつくままに書いてきましたが、他にもいろいろあります。
肩が挙がらなくなったとか、髪が少なくなったとか、歩いていると若い人に追い越されるとか、きりがありません。
誰かと話しながらやっていたら、「それそれ」ってどんどん出てきそう。

別に老化自慢をしたいわけではありません。
数的優位に立った高齢者が幅を利かせ、大きな顔、大きな声で病気自慢などをするのは、若い人から見るととても「ウザい」と思います。

では、何でこんな記事を書いているのかっていうと
① 自分はどうやって老いと付き合っていくかを考える
② 誰もが避けられない「老い」について、若い人にも伝えたい(余計なお世話!)
という2点ですね。

つくづく感じるのは、やっぱり若い人の能力にはとってもかなわない、ということです。
頭の回転は速いし、手先は器用だし、体力はあるし、物覚えはいいし、時代の流れに敏感だし、瞬発力もある…
「老いては子に従え」とはよく言ったものです。

世の中を見ると、「老害」を形にした様な人がいます。
恐らく優秀な人だったのだと思いますし、その「やる気」には敬服しますが、先ほどの逆で「頭の回転は遅くなっているし、体力も低下し、時代の流れを掴めず、判断の瞬発力も落ちている」ことを自覚しないといけません。

自分は責任を取るつもりでも、実質的には若い世代が直接の影響を受け、その責任を負うことになってしまいます。
助言を求められたときだけ適切なアドバイスを行うなど、若い人の役に立ち、尊敬されるような役割を考えることが大切かと思います。

とはいえ、能力の衰えは、可能な限り先送りしたいものです。
生物学的な老化に抗うことは難しいですが、やはりずっと使い続けることが、能力を維持することに繋がる様に思いますね。

先ほど触れた90歳のミュージシャンの方、57歳で現役を続けるサッカーの三浦知良選手など、常人では真似のできない才能や努力によって能力を長く維持している方がいらっしゃいます。

凡人である私たちが今から真似のできるものではありませんが、継続して行うことで若い時の勘や能力を維持できたり多少取り戻せたりということは、経験的にみなさんも感じている部分があると思います。

あとは、若い人と交流する機会を大切にすることですね!
気持ちは体に直結します。

まだ老いを自覚していない若い方も、必ず老いがやってくることを今から意識しておいて損はないですよ。
老いに遭遇したとき、その変化を受け容れて、いかに上手に対応して生きていくか、今からちょっと考えておいても良いかな、と思います。

思いついたことをだらだらと書いてしまいました。
駄文にお付き合いいただき恐縮です。有難うございました。

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