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アドラー心理学の話②
今日は昨日の記事の続きを書きます。➀はこちらです。
大事なのは、いろいろな側面から物事を見たり考えたりしながら、「確かに、かわいそうな私、悪いあなた状態だったなぁ~」と思ったら、ずっとそのままでいたいのかどうか、そのままだったら自分は心から楽になれるのか、ということも考えてみるといいと思います。「悪いあなた」を責め続けるということは、その「悪いあなた」を必要としてる、ということでもありますよね。
ところで、先に引用した言葉にもう一度もどってみると、
誰の問題かを分離するということは、「悪いあなた、かわいそうな私」をやめて、「私にできることは何か?」を問いはじめるということなんです。p190
課題の分離と、「悪いあなた、かわいそうな私」のあいだに、飛躍があるというか、省略されている部分があるような気がしてならなかったので、考えてみました。
何が省略されているかというと、たぶん、誰かを責めているうちは、自分の課題に向き合わなくてもいいし、実際そうなっているけど、自分の問題として向き合いはじめたら、「私にできることは何か?」を問えるということだと思います。
わたしもそうですが、それでもなかなか、自分にできることのみに集中する、とはいかないのが人間かもしれません。わたしも母の言葉をすぐに素直には聞けませんでした。
ただ、今までクローン病の治療などで入院したり、自分も苦しい、という経験をしてきて、家族や、治療にたずさわる人々、いろんな人に支えられているという事実や、そのことにたいする感謝の気持ちを忘れて、とりあえず自分の苦しみや痛みが取り除かれたことに安心してしまった時期もあったので、自分を支えてくれる人々がいるのに、自分にできることをしない、というのは、わたしには無理だなぁと思っています。
好きなことや自分にできることをしていく中で、生活にリズムが生まれて、気分が上がってゆくということも実感しています。
だから、最初はあまり響かなかった「できることをする」という言葉だったけど、今では、生きていくうえで大切にしている言葉のひとつになっていて、毎日noteを書いたり、小説の推敲やドラム練習、スポーツ観戦などをしたり……落ち込んでいてもなるべくそんな風に過ごしています。