銀河鉄道は雨の中 その五
五、強い牙には優しさがある。
発車する汽車、外を眺める二兎吉、外は相変わらずの雨で晴れる様子はない、屋根を打ち付ける音は激しさを増してカラカラと音色を奏でていく
「雨音は好きだけど、雨は嫌いだな!はやく止んでくれないかな、景色を見たいよ」
窓際に頬杖をついてため息を漏らす。
カッパさんに景色が綺麗だからと言われてから眺めたくてしょうがない二兎吉はまだかまだかと胸をソワソワさせながら雨が止むのをじっと待っていた。
そんな時だった。
カッパさんが言っていた目的地という言葉が二兎吉の頭によぎりふと考えた。
「あの人は〝無事で目的地に着くように〟と言っていたけど・・・はて、私は何処に行こうとしているのだろう??」
窓の外を見ながら考えていた。
「次は獅子座町~獅子座町~レグリス駅でございます。」
唐突に流れる車内アナウンス、次の目的地を知らせてくれた。
それを聞いた二兎吉は考えてみた。
「違うな!私が行こうとしてるのはそこじゃない!!」
そう言ってまた外を眺めた。
「私は何処で降りるんだろう?駅の名前を聞いてればそのうちなにか分かるかな?」
そう呟いていると、突然肩をトントンと叩かれ振り向いた。
「お客さん、切符!切符見せて下さい」
目の前に現れたのは鉛筆のようにシュッと尖っていて、大人の男性よりも背の高いナリをした車掌さんが立っていた。
生気が通ってないような白くしわくちゃな顔で私をジッと見ている。
差し出した手をそのままに、早くとせかすようにピコピコと手のひらを動かし私に促してくる。
それに焦った私はありったけのポッケをまさぐって切符が入ってないか探した。
だが入ってはいない、当たり前だいつ乗ったか分からないから切符を落としたとか、もしや無賃乗車をしたのか、その可能性の方が高い、私は顔を青ざめさせ何度もポッケを探る。
「無い、切符が無い!」
二兎吉は焦った。
このままじゃ汽車を降ろされるかもしれない、イヤだ、どうしょう!
そう思っていると車掌さんの背後から声が聞こえた。
「君の落とした切符はこれだろう!すぐそこに落ちていたよ」
声の主はそう言って車掌さんの後ろから二兎吉に切符をわたしてくれた。
その切符は綺麗な青色をしていて、鮮やかな赤い文字で何やら書いてあるが私には読めなかった。
「おお、ございましたか、でしたら少々拝借!」
車掌さんはそう言って切符を手に取り、確認した。
ぶっきらぼうだった顔を少しにこやかにして二兎吉に切符を返すと、帽子を上げて挨拶をして去って行った。
二兎吉は、車掌さんの後ろに現れた人影を確認すると即座にお礼を言った。
「ありがとうございます。切符を拾ってくれて!」
「いやいや、それは拾ったんじゃないよ君のために買ってあげたんだ!」
二兎吉はその人物の顔を見た。
「え!イヌ??」
「イヌじゃないよ、私はオオカミ!狼男の牙狩(ががり)です。」
突然名乗られた。
聞き覚えがある。
何処かで聞いたような名前だ、誰だっけ?
そう思っていると、二兎吉の頭にとある人物の顔が浮かんだ。
「牙狩!カエル山の和尚さん??」
「そうです、私です、やっとあなたを見つけました」
「なんであなたが?それに狼男!?」
「私の本当の姿はこれです。本職は狩人ですがあなたの気持を知っているあるお方に導かれてあの寺に居座っておりました。」
「え!あるお方?誰?それに銀河鉄道、切符??あなたは私になにをさせたいのですか?」
「あなたの気持は女になりたいという貫きたいものがある。それはあなたの本心であり紛れもない真実、あなたは夢の中で乙女座に行きたいと願った。だからあなたはそこに導かれ本当の自分を得ることが出来る。」
二兎吉は牙狩の言っている言葉に困惑した。
〝夢の中で乙女座に行きたいと願った〟あれは夢?なにをいってるんだ?
私はあの寺で陰部を切って、そして・・・
「まってください、夢の中?なにをいってるんですか?私はあなたのお寺に行って」
「あなたは私を見て気絶した。そこから私はあなたを、銀河鉄道にのせるために手続きをした。」
「え?」
「それからの貴方の記憶の中の出来事は全てあなたの中に眠るもう一人のあなたが見せた悪夢、それは・・・」
二兎吉はそこまで聞いてゾッとした。
なにか身に覚えがある。
自分の中のもう一人のじぶん、それは・・・
「おっ、鬼?」
「もう触れておりましたか、幼少期から今までの感情の波から生まれた憎悪の塊、鬼、それはあなたの中の男としての感情でもあり、あなたの本心を弊害する存在」
「じゃっ、じゃあ!」
「あなたはこれからの銀河鉄道の旅でなにかをみつけられるのではないでしょうか?あるお方は私にそう言ってあなたをここに呼びました。その方は乙女座の駅で待っております。きっと、あなたには良いきっかけを作ってくれるでしょう!」
狼男の牙狩はそう言って二兎吉の頭に手を添えた。
すると、やんわりと二兎吉の体が光りだし、体中からどす黒いオーラが立ちこめ始めた。
「銀河鉄道に人間は乗れない、本当はそうなっている。あなたがなぜこの汽車に乗れたかはその姿を見てわかるはずだ!」
牙狩はそう言って窓ガラスのある方へ二兎吉の体を向けさせその姿を確認させた。
頭にわずかな角が二本生え、顔に赤い筋模様が浮き上がってる。
今までの顔とは違いちょっと怖い感じに変わっている。
「いやぁつ!鬼?私は鬼なの?」
「二兎吉様、あなたの心の中の憎悪は立派な鬼を作った。それはあなたでありこの汽車にのるためのパスにもなる。今は辛いだろうが時がたてばその姿はきえるだろう、案ずることはない」
「でも、でもぉつ!!」
「辛いかい?夢の中の出来事、陰部を切った出来事、あなたは女になれたと思っていた。だがな、現実はそう甘くはない陰部を切っただけでそうはなれない、たとえ精神が女性であっても」
「止めて、やめてえーっ!!それ以上言わないで、もうわかった。」
二兎吉の叫びに牙狩は黙った。
冷静な目で二兎吉を見てその心の奥底で困惑している彼の気持を見透かしていた。
「受け入れたくない、そう思いですか・・・今の現実を直視したくないと!少しでも気が晴れていた自分を傷つけるなと!そうおっしゃりたいのですか?」
「・・・そうだよ!そう思って何が悪いんだ!やっと心が穏やかになったのに、なんでまた傷つけるようなこと言うんだ!」
「私は現実を受け入れろと言ったんだ!自分にばかり目を向けるな、他人にも目を向けろ、未来を切り開きたいなら己の感情だけでなく他人の感情にもよりそってみろ!」
牙狩はそう言いながら外の景色を寂しそうに眺めていた。
しかし二兎吉はそれをお構いなしに叫んだ
「他人にも目を向けろ?そうしたさ、だけど母親も父も友達皆わたしを気持ち悪いと避けたんだ、そんな状況でなにをしろって言うんだ!」
「それで、ちゃんと話し合ったんですか?」
「話したよ、私から一方的に『どうして認めてくれないんだ』って!でも皆私を否定してばかりだった。」
「その理由は?」
「・・・聞いてない」
「なぜ?」
「皆が話してくれない、そう思ったから」
「それはやはりあなたは現実を受け入れてない、何故だと思う?」
「そっそれは・・・」
「濁すな、自分の口で言え、わかっているならハッキリと!」
「私が男だからだよ!どう見ても男だから、だから誰も私を女性として思ってくれないんだろ!!」
「そうだ!」
牙狩は少し微笑み二兎吉に近づいてきた。
そして膝を曲げて二兎吉と同じ目線になるとさっきまでの厳しい口調とは裏腹に、優しい口調になり二兎吉を包んでくれた。
「思い込んでしまうと人はその先に進めなくなる。こうだから、ああだからと考えてしまい結果が恐くなり何も出来なくなる。
それは人として当たり前で普通のこと、だが乗り越えなきゃ行けないときは別物で、聞き分けがあるならうまくいくし、聞き分けがないならその壁を越えるために険しい道を歩まなければならない、お前はそれを選んだ、皆に言われる事がわかっているから、それを聞きたくなくて、それを避けるために・・・」
二兎吉は牙狩の言葉を聞いてうつむいた。
全ては図星、男だからと言われるのが恐かった。
だから逃げていた。
それでも主張したかった。
わかってもらいたくて、受け入れてほしくて、精一杯叫んでいた。
誰からも「男だから」と言われないために必死に精一杯・・・
二兎吉の目からは涙がこぼれてきた。
外の雨のようにパラパラとポロポロと流れ落ち汽車の床を打ちそして濡らしていく。
当時はどうしたら良いかなんてわからなかった。
否定されたくないから必死で自分をアピールしていた。
だけどそれは自分を苦しめていただけで、誰ともしっかり話しなんてしてなかった。
牙狩の言う〝他人の気持に寄り添う〟その意味を彼の言葉で理解できたような気がした。
何も分かってなかったのは自分なのかな?
そう思いながら過去を振り返った。
自分のことしか考えてなかった。
周りなんて見えなかった。
自分に必死だったから、だからきっと周りもそれに感化されて同じように自分本位になってたのかな?
そんな考えが二兎吉の頭の中にこみ上げてくる。
それを見ていた牙狩は真剣な目で私を見つめまた心の中を読み取っている。
「お前のその考えが真実かはわからない、だがお前がそう考え思えた事は大きな一歩じゃないかと思う!辛い人生だったと思うがその先に見えるのは苦しみのない世界じゃないか?」
牙狩はそう言ってまた外の光景を眺めた。
少しニコリと微笑み、また二兎吉の顔を見る。
「どうしたんだろう?」そう思い二兎吉はつられるように外を見る。
雨がさっきよりも小降りになり、遠くにわずかな星空が確認出来た。
その景色を見て二兎吉の気持も少し晴れやかになった。
牙狩は立ち上がり二兎吉に言った。
「あの方はきっとお前のそんな心を知っていたんじゃないかな、だからここに誘ってお前のその姿をさらけ出そうとしたんじゃないか?乙女座の駅まではまだまだ先だから、色んな人に出会い色々経験してみるといい、なにか分かるかもしれないよ」
「そうなのでしょうか、乙女座に行けば私はなにかが分かるのかな・・・」
外に流れる景色はまだまだ雨が降り続いてる。だが、遙か遠くに見える星空を見て二兎吉は少し胸が高鳴った。
「銀河鉄道の絶景を見てみたい」
その思いがあったから、牙狩に会って目的が分かったから、彼の厳しい言葉もあったがその中に優しさがあった。
二兎吉を思いやる気持、寄り添ってくれた気持、それが暖かくて居心地がよかった。
だからずっとそばに居てほしかった。
だけど時間はそれを許さない、汽車が目的地に近づくと車内アナウンスがなる。
「まもなく獅子座町、レグリス駅に到着します。お忘れ物の無いようにご注意下さい」
牙狩はアナウンスに反応し出入り口に向かう、そして駅に到着すると汽車から降りていく、なにも言わずにそそくさと、寂しい気持ちがこみ上げる二兎吉「もう会えないのかな?」そう呟き呆然と立っていた。
涙が出そうになった。
そんな時、牙狩がまた現れた。
少し息を切らして二兎吉にある物を渡してきた。
「長旅になる。だからこれでも食べて元気になってくれ、獅子座町名物の牛肉弁当、美味しいぞ!」
「え?これを買いに行ってた。だから無言で?じゃあ、それなら一緒に、もっと一緒に」
二兎吉は気持の声がもれてくる。
牙狩へ思いを伝えた。だが彼はそれを手で制して二兎吉の言葉を止めた。
「私には本当の仕事がある。それにお前をここに導くまでの指名しか受けていない、一緒に行ってやりたいがそう言うわけにはいかない」
そう言うと発車のベルが鳴り始めた。
もう汽車が動いてしまう、きっともっと気持を伝えれば、そう思う二兎吉はめげることなく気持を伝えようとした。
だが、牙狩は人差し指で二兎吉の口を押さえそれ以上はダメだと押さえ込んだ
「気持は受け取る。今はまだお前とは一緒になれないから、だからまたどこかで会おう、じゃあな!」
牙狩はそういって二兎吉をそっと車内に押し戻した。
扉が閉まる。二人の間には開かない扉が往生し世界を分けてしまった。
「またどこかでと言ったけど、本当に会えるかな?」
二兎吉の目には静かに涙が溜まった。
ホロリとこぼれる涙、それを手でぬぐい離れていく牙狩にその手をふる。
牙狩もまた大きく手を振っていた。
お互いに離れていく、汽車は進んでいく、目的地へ向けて、乙女座に向けて、そこに何が待っているかはわからないだけど、二兎吉は希望をもってそこに向かうことにした。
「やっと、目に輝きが見えてきたな」
牙狩はそう言って微笑む、駅から離れ仕事へ向かう、獅子座町の雨は晴れていた。
目の前に星の虹が見えた。
それは天の川と同じ、星の集合体、雨が止めば天の川から現れる。
祝福を意味する天の川虹。
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