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初心忘るべからず

少しずつ新年を迎える準備が進み、それと共に今年を振り返ることも多くなってきました。

わたしの中で色々考えさせられたことの一つが、1月に漫画家の芦原妃名子さんが亡くなられたこと。Xでの発端の投稿の引用投稿を目にしたからか、この後彼女自身の投稿も流れて来て、作品のドラマ化に関する話題がSNS上で熱くなっていったところに訃報が。「セクシー田中さん」は多少読んでいましたし、面白いと感じていた作品だったこともあり、衝撃を受けました。

わたし自身は、一連の騒動の引き金となったのは、ドラマの脚本家のXへの投稿ではないかと思っていて。真実は、直接調査できる人でもないのでわたしが知る由もありませんが(真実がネットの大海の中にあって、かつ自分がそれを見つけ出せるとは思っていません)、自分の立ち位置を理解した上で、伝えたいことを伝えるにはかなりの冷静さが求められるものだな、その冷静さを保つのは非常に難しいことだな、と感じました。

一方、選挙イヤーと言われた今年、年初には誰も想定していなかった「盛り上がり」を見せた兵庫県知事選。内部で関わった方のnoteの投稿に注目が集まり、承認欲求が強い、自己顕示欲が強いと言う言葉が併せて出てきました。これは芦原さんの作品のドラマ脚本家の方にも言えることではないかと思って見ていました。とはいえ、きっと炎上した投稿をした当人たちは結構軽い気持ちだったのだろうな、とも。

己を振り返ってみて、お茶のお稽古を始める際には、現代となっては日常生活から離れた世界になっている分、自分は知らないことが多いという思いから、浮かないように、失礼なことをしでかさないように、と周囲をよく観察していたように思います。お稽古をしてきた年月もそれなりになってきましたが、それにより初心を忘れ、それぞれの場で、求められている役割をはるかに超えた言動をしてはいないか、絶えず己を客観視し、律することを忘れてはいけないなと改めて感じました。慣れから来る油断は大敵です。

お茶をすることは、様々な意味で己を知ることだと日々感じているのですが、今年あったことからこんなことも考えていました。ちなみにお題はよく聞く言葉ですが、もともとはお能の世阿弥のものだとか。

今日の菓銘は「柚子香」。
明日21日は冬至です。冬至といって、かぼちゃの形の生菓子を見ないのは、かぼちゃの煮物は日常のおかずという位置づけだし、今やハロウィンじゃないのに、とすら思われそうだからなのでしょうか。
本物の柚子の黄色は眩しいくらいですが、お菓子にすると強すぎるのか、これくらいの表現が馴染みやすい気がします。

今年も残り少なくなってきました。どうぞ年内ご無事でお過ごしください。

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