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神様のご機嫌

身体の軸が中心にないとうまく圧が入らない。
指圧の授業で苦戦していたら、新任の松田先生が「こうやって練習するといいよ」と五円玉のペンダントを貸してくれた。

五円玉にタコ糸を通した、ちょっとシュールなペンダントを首からぶらぶらさせて、五円玉が身体の中心で揺れるように指圧の練習をする。するとムダなく圧が入る。
「なるほど、これはいい練習になりますね」

松田先生は、けっこうお年である。50代後半かも。教職経験は今回は初めてとのこと。
「先生、なんで年をとってから専門学校の教職に就こうなんて思ったの?指圧やっていたほうが楽でしょ」
「まあ、縁があってということで」

経験がない新入社員みたいな松田先生は失敗が多い。テスト問題を刷り間違えたり、生徒の質問に答えられなかったり……。授業中もミスを連発する。慣れないせいか態度もおどおどしていて落ち着かない。人とコミュニケーションを取るのが苦手なのかな。
授業アンケートでも、けっこうけちょんけちょんに書かれていたようだ。

ヌシさんと、私はさっそく五円玉で指圧練習用ペンダントを作った。二人で五円玉を首にかけると、宗教団体の人みたいで笑った。
「ついに松田教、結成ですね。信者獲得にがんばりましょう」
冗談で勧誘したら19歳のまっつんがすぐ入信した。
「君にも五円玉をつかわそう」
ってなわけで、ヌシさんが松田教の支部長となって、五円玉の布教活動が始まった。

「その五円玉、なんですか?」と声をかけてくるクラスメートに松田教への入信をすすめるのだ。「松田教に入信すれば指圧が劇的にうまくなる。この五円玉ペンダントの御利益はすごいのだぞ」
こういう劇場型の冗談は、もと劇団をやっていたヌシさんはめっちゃうまい。

今日も指圧の授業の時は五円玉を下げて授業を受けていた。「ついに松田教の信者が4人になりましたね。松田さまもさぞお喜びでしょう」

正直、あまりパッとしない松田先生が教祖だと思うと、なんかドジぶりも威厳のように感じて不思議だ。みんなが五円玉を首から下げて指圧の練習を始めたのに、松田先生はしらんぷりしている。きっと内心は嬉しいに違いないと、われわれ信者は確信した。

「松田さまは、喜びをお隠しになっておられるのだわ」「松田さまは今日はいつになくお元気でいらっしゃる。我々の祈りが通じたに違いない」そんな冗談を言い合いながら、お互いの身体を指圧している……それが鍼灸学校。ここは異次元、異空間だ。

学校帰り、駅までの道で話題になるのも「松田さま」の事だ。なんて純真な信者なんだろう、私たち。
「ねえねえ、今日は松田先生、ちょっと楽しそうだったね。やっぱみんなが五円玉を下げていてうれしかったのかな?」
「きっとそうだよ。松田先生は指圧は上手だからね。座学の授業は慣れていないから失敗も多いけど、人間はだれでも得意なものをもっているからそれを認め合えればいいんだよね」
「ほんとそうだね。みんなが楽しく学んだり教えたりできるのが一番だよね」
そういうけなげな事を言いながら、歩いている私たちは小さな子どもみたいだ。背も小さいしね。
「あのさあ、本当の神様も人間が信じて祈ればうれしいんだろうね。そして、みんなで大切にすれば、神様も元気になるのかもしれないね」
「そうそう。神様だって、祈ってほしいに決まってる。人間と一緒だよ」
「私……もっと神様を大切にしよう。神様にも機嫌よくしていてほしいもんね」

じゃあね、また明日ね。と改札で別れた。

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田口ランディが日々の出来事や感じたことを書いています。

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