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気になる二人

積読濫読/婦唱夫随?
1.「手紙、栞を添えて」辻邦生・水村美苗 (ちくま文庫 2009年12月)
2.「資本主義の中で生きるということ」岩井克人 (筑摩書房 2024年9月)

あまりに面白かった「大使とその妻」の関連でオススメがあったので、辻邦生と水村美苗の往復書簡1を手に取る。1996年4月から1997年7月にかけて朝日新聞に連載。

なので当初朝日新聞から単行本が出版されたが、その後、朝日、次いでちくまで文庫化されたもの。

書簡集とはいえ身辺雑事や徒然なる思いを交換したものでではなく、それぞれが自らの読書体験をベースに作家や作品に関するボールを投げあい、結果として上質の文学論になっているという奇跡のような書簡集でした。

もちろん媒体の性格もあり、平易な表現を心がけていただいてるので、置いてけぼりになることもなく読み進めていけるのがありがたい。

西遊記・八犬伝・小公女・ハイジ・若草物語など児童文学全集のマストアイテムから始まる。

そこから、生前は全く評価されることのなかったエミリー・ブロンテの無念に思いをいたしつつ「嵐が丘」を熱く語るかと思えば、「坊ちゃん」・「蒲団」・「浮雲」など日本近代文学の特質を解きつつ、樋口一葉の現代語訳という愚行を厳しく批判する。

ディケンズ・フローベール・スタンダールら.海の向こうの王道の物語を愉しむ一方で、中勘助・谷崎潤一郎・永井荷風らわが国の繊細・耽美な文学にもまた深い共感を寄せる。

さらには、トルストイ・ゴーリキー・ドストエフスキーら、ページの半分くらいを長い名前をもつ登場人物が繰り広げる雄大なロシア文学や、起源を遡ってギリシャ悲劇に至るまで。

実際には会うことはなくら書簡の交換のみで連載を続けたということが信じられないほど、相手の書簡にチラリと埋め込まれた謎かけも見逃すことなく感知。

次の書簡で、そこから自らの論へと繋いで展開していく鋭い感受性と広範な知識。

まるで最上級のアドリブ漫才を見せてもらっているようだと不埒な感心をしてみたり。

ここのところ寝る前に3-4篇読むことが至上の喜びでした。

さて、水村美苗さんのパートナーと言えば、貨幣論、法人論(会社は誰のものか)で有名な経済学者の岩井克人氏。

本人の言によれば、学問上のピークはMITで若くして博士号を取得した後、高度な数理モデルをもとに展開した「不均衡動学」がピークで、あとは逸脱しまくった学者人生であったよし。

久しぶりに新刊2が出たので併せて読んでみた。

ここ25年くらい(21世紀に入ってから)に、9.11テロ、リーマンショック、トランプ大統領の誕生(2016)などのトピックについて新聞に寄せたコメントや経済専門誌に書いた論文、東大経済学部100周年記念講演など、長短、硬軟取り混ぜた文章満載でちょっと読みにくくもある。

第五章「時代を超えて考える」の中で
・貨幣論の系譜
・なぜ人文社会科学も「科学」であるのか
・新しい会社の形を求めてーなぜミルトン・フリードマンは会社について全て間違えていたのか

第六章「時代の中で自分を振り返る」の中で
・夏目漱石と「開発と文化」
・経済学を学ぶことの幸運、日本で経済学を学ぶ使命(100周年記念講演)

ここららが概ね20ページ以上の紙幅で読み応えあり。

ところどころで水村美苗氏の名前が出てくるが、曰く通常の言葉とは逆の「婦唱夫随」だとか。

イェールで教えたのも、まず水村氏の方の仕事が決まって、自分もそこで職を求めてあれもできるこれもできると書いたら「経済思想史を含む全般」で仕事を得て難儀したとか。

加藤周一氏には水村氏に同席する形で二人だけの講義をしてもらってとても幸せだったとか、微笑ましいこぼれ話があります。

2のショート・エッセイでジューン・オースティンの『高慢と偏見」を取り上げていますが、1の最終書簡で水村氏は同じ作品を取り上げており、また上記「開発と文化」では、あまり知られていない漱石の「文学論」を取り上げていて、この辺りは夫婦での会話を通じて思考を深めたのかしら。

水村美苗氏と岩井克人氏、アカデミー界のベストカップルとして見上げている次第です。

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