さがしもの
kikimaruru
不機嫌な顔をした女性が、本の表紙をじっと見ている。おもむろに机の引き出しから砂消しゴムを取り出し、タイトルの一部を力任せに削り始めた。
「ない、ない」
タケは、シャツのポケットを押さえたり、ズボンのポケットの前も後ろも何度も手をつっこんでいる。
「あー、どうしよう」
もちろん、カバンの中も、机の引き出しも、ベッドの下もごみ箱も、家の中を一晩中さがした。
「ヤバい、朝になっちまった」
昨夜遅くバイトから帰ってきたタケは、アパートに着いたらすぐに寝るはずだった。だけど、なくしたものがあるような気がして、寝ようと思っても眠れなかったのだ。タケは決して神経質な性格ではなく、むしろどこでも眠れるタイプなのに。
「もう知らね」
タケはベッドに倒れこみ目を瞑った。いつもならすぐに寝ているはずなのに、ないが頭の中をぐるぐるまわっている。
「ちくしょう、何がないんだ」
ガバッと起きたタケはため息をひとつつき、サンダルをつっかけて外にでた。朝日に顔をしかめる。両手をズボンのポケットにつっこんでアパートの階段をかけ降りた。
ブロック塀の上から、となりの家の猫がじっとタケの方を見ている。
「おまえ名前、何だっけ? ララ? リリ? あれ? まあいいか。なあ、おれは何をさがしてんだ? 教えてくれよ」
「ニャー」
猫は、そんなの知らないとでも言うように、ブロック塀の向こうへ消えていった。
「だよなあ」
あてもなくブラブラ歩いていると、朝からやっている店があった。
「ミクスタンド? 何だそれ?」
何か飲めそうなので、ひとまず入ってみることにした。
「いらっしゃいませ」
元気よくあいさつをする女性の名札に「ミ ク」と書いてあった。
「あ、それでミクスタンドなんだ」
その女性は、ニッコリ笑った。
「何になさいますか?」
「えっと、コーヒー牛乳をください」
「コーヒーミ、クですね。少々お待ちください」
タケは、「ミク」にこだわるその女性が何だか可愛く見えた。そのままいい気分でコーヒー牛乳を飲んだものの、空になったとたんにモヤモヤしてくる。タケは、ついため息をついた。
「どうかされましたか?」
その女性が、優しく声をかけてきた。
「実は、さがしものが見つからないんです」
「何をなくされたんですか?」
「それがわからなくて… いや、いいんです。変なこと言ってますよね」
「いいえ」
その女性は優しく言うと、タケに一冊の絵本を見せた。
「ご覧になりますか?」
「さがしもの?」
どうして絵本なんかと思ったものの、何かのヒントになるかも知れないと思ったタケは、とりあえずページを開いた。
『げんかんのドアのさがしものは?』、ページを開くと『かぎ』の絵があった。次は『こねこのさがしものは?』、ページを開くと『おかあさんねこ』の絵。
「そういうことか、ページを開いたところが答えだ」
タケは次々に開いてみた。
『かれきのさがしものは?』答えは『は 』、『アシカのさがしものは?』答えは『ボー 』、『うみのダイバーのさがしものは?』答えは『イ カ』
「ん? 何か微妙に変。まあいいか」
『あかちゃんのさがしものは?』答えは…
「えっ? ミクさん?」
タケは、びっくりして女性の顔を見た。子どもがいるようには見えなかったのだ。
「どうかしましたか?」
「い、いや」
気を取り直して次のページを開いた時、タケの手が止まった。
「これは、俺?」
タケはしばらく固まった。目をギュっと閉じて、ページをめくる。恐る恐る目を開けるとそこにあったのは白紙、答えは何も描かれていなかった。
「ああー」
タケはがっくりきて、頭をブンブンふった。
「お役に立ちませんでしたか?」
「あ、はい。いや。また来ます」
タケはミクスタンドを足早に立ち去り、頭を掻きむしりながらあてもなく歩き続けるのだった。
(おしまい)
女性が『眠れ 夜』という本を閉じた。
「あなたの名前はタケじゃなくてタケルよ。わかった? いいわ、もうあなたのさがしものを返してあげる」
その女性は、「眠れ」と「夜」の間の何もないところに、太い字で「る」と書いた。