東京グランドキャバレー物語★10 ナンバーワンホステス 雀さん
「福ちゃん」
「ハイ。雀お姉様」
私は時々、源氏名にわざとお姉様を付けて呼ぶ時があった。福を可愛がってくれる優しい女性だけに、お姉さまを付けようと決めていて私の見えないランク付けだ。
雀さんは、東北出身で着物姿が艶やかで、数多いホステスの中で群を抜くほど美しい人だった。雀さんに声をかけられると、わくわくする自分がいる。
今夜の雀さんのお客さんの席に呼ばれるのだろうか?
お客さんを待つ、いつものソファで雀さんがいきなり私に質問をして来た。「福ちゃんは、どんなタイプの男性が好きなの?」
「えぇ!男の人ですか?」
突然の質問にうろたえる。
「そうですね~。氷の様に冷たい感じの人が好きですね。何を考えているか、掴みどころのない無機質な頭の良い人がタイプですね」
私は、答えた。
「まぁ!」
目を丸くして驚いた顔も美しい。
「そんな漫画に出て来る様な人はいないわよ」
「確かに。そうですね。漫画の世界にいる人かもしれません」
私の好きなタイプは、この世にはあまりお目に掛からない架空の人物に聞こえる。
雀さんが続ける。
「情熱的な人の方が良いのよ、若いんだから。若い人はね、燃え上がる恋の方が良いのよ。ぼやぼやしてたら歳なんて、あっという間に取ってしまうんだから」
若い、を連発され、少々照れながら私は答えた。
「冬生まれのせいでしょうか、押しの強い熱いタイプは駄目なんです」
「それじゃあ、福ちゃん、恋人は出来ないわね」
あっさりと雀さんに切られた。
「雀お姉様は、熱い恋をしたのですか?」
「そりゃあ、この私だって恋ぐらいしたわよ。後にも先にも愛していたのは、Mさんだけ!もう死んでしまったけど」
「えぇ!死んじゃったんですかぁ?」
驚いて雀さんを見た。
「そうよ。男っぷっりは良かったし、金払いも最高だったわ!いろんな恋もしたけど、Mさんが一番だった」
「じゃあ、これから又、新たな恋をするのですね?」
真面目に聞く私を見て、雀さんは可笑しそうに答えた。
「私を幾つだと思っているの?このお店が出来た頃から、ここで働いているのよ。もう、恋なんてするわけないじゃない。あの人だけで、もう十分」
「えぇ!このお店が出来た時からぁ?雀お姉様、いったい幾つなんですか?」
卒倒しそうなぐらい驚きながら、質問攻めにする。この美しい人が、お店がオープンしてから半世紀以上お勤めだなんんて!雀さんに向かい合って真剣に伺った。
「どうするんですか?雀お姉様のファン群団を!皆、そろって失恋って事ですか?」
雀さんは、ふふと笑いながら言った。
「福ちゃん、私だってお客さんだって、もう恋をするとかしないとかの歳じゃないのよ。毎日、どれだけ美味しくお酒が飲めて、残された時間をどう楽しく過ごすかが一番大事なの」
「えぇ!そんな!」
人生の先輩の話しは、奥が深いものだと改めて感じはしたけれど、残された時間を楽しくだなんて、雀さんは、もう悟りの世界に突入するほどの年齢なのだろうか。
「福ちゃん、熱い恋をするのよ!ぼやぼやしてちゃダメよ。ぼやぼやしてると時間ばかりたってしまうんだから」
何度も雀さんの言うぼやぼやが、耳に残った。
ぼやぼやしていられないんだ、ぼやぼやせずに頑張ろう。
つづく