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東京グランドキャバレー物語~番外編~福、美容院へ行く

 シャカシャカシャカ、シャカシャカ。
ふふふ ふふふ
自然に笑みがこぼれる。
白いシャンプー台に仰向けになり、力強い男性美容師の大きな手の中で私の髪、重い頭ごとおまかせしている。
 その辺のドラッグストアーでは売っていない正真正銘の美容院御用達の贅沢なシャンプーの匂いが、私の気持ちをこんなにも高揚させるなんて!
 爪を立てずに、押したり緩めたり、強弱をつけマッサージする。何というフィンガーテクニック!タオルで顔全体が覆われているので、顔の力が抜け、目尻の下がった私のだらしない顔を見せなくともすむ。
 美容師の手元が狂い、温かいシャワーが一瞬顔にかかる。
おっ!
「失礼いたしました」
ちょっと驚きながらも、まぁ、許す。

 今日は、久しぶりにE駅にある、行きつけの美容院に来た。
私の美容師さんへのこだわりは、少々うるさい。
 なぜなら私の髪は、横に跳ねている。子どもなら可愛いが、大人の女性としては、可愛いさよりも聡明、気品、エレガント、美魔女を追求したい。それに応えられる技術を持つ美容師でないと許されない。

 さらに私のどうでもない世間話しに頷いたり驚いたり、笑ったりと接客術も基準を大幅に超えて欲しい願望がある。
 美容師T君は、私の気難しい審査に合格した優秀な若者であるが、本日のシャンプー担当は別の彼である。
 あちらこちらの美容室をチェックするエリアマネージャーとの事でスリムな体形ながらも洗練された渋さを感じるダンディだ。彼の腕前は、シャンプーと言えども手抜きはぜず、順番通りに進めて行き無駄口はたたかない。
まぁシャンプー中に口を開けたら泡が入ってしまうので、お喋りは出来ないが。
 全ての工程が終わると椅子を起こし、タオルで両耳を拭かれた。
「シャンプー素晴らしかったです」
 シャンプーごときの称賛の言葉など要らぬであろう彼は、何も言わず、軽く一礼し他に移って行った。ニコリともしないが、それはそれで彼の売りキャラでよろしい。

 私は、大きな鏡の前で、T君を待った。しばらくして彼は、にこにこしながらやって来た。
 私は、明るい彼を指名している。
「お待たせ致しました」
「今日のシャンプーマッサージ良かったわ」
「あれは、ヘッドスパと言うものですよ」
「マッサージとかじゃないんだぁ。」
 会話がテンポ良く進んで行きながらも、T君の手は止まらず
髪をカットして行く。床に落ちる私の髪の毛が、こんなにあるのか?と思うほど塊になって行く。
「今日のテーマは、大人の女性でしたね?」
「そうそう。跳ねている横の髪を生かし、動きのあるような感じで、若々しくね!」
「大丈夫ですよ」

 時間がスローに動き始める。
鏡に映るT君をジッと見る。心なしか緊張している?
(何が?どう、大丈夫なの? T君、私は、あなたを信じて良いのね?この私の黒髪は、あなたの指先に挟んでいるハサミの行方にかかっているのよ。生かすも殺すもあなた次第。わかっている?)

 私の心の声が聞こえたのか、T君は、無口になった。
彼は、少し緊張気味にハサミを動かしている。パチパチパチン。
失敗は許されない! パチパチパチン。
私は、静かに目を閉じながら、彼の終わりの言葉を待った。
「終わりました」
 彼の声は、少しうわずっている。
「どれどれ?」
 一瞬静まり返り、店のスタッフ全員がこちらに注目している気がするのは、気のせいだろうか?
 鏡の前の私の髪は、美しく出来上がっている。
さらに彼は私の後ろ髪を見せる為の合わせ鏡を開いた。
「わぁ!私の美しさが倍増してるわ!」
 私は、大声を出し喜んだ。

 嬉しそうにT君は、
「だから、大丈夫って言ったんですよ」
「また、指名するからね~。T君に会いに来ますよ」
 上機嫌になった私は、キャバレーでいつもお客さんに言われる同じセリフをT君に言っていた。
「同伴してあげようか?」
 調子に乗った私は、思わず口から出そうな言葉を飲み込んだのだった。