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そして誰もいなくなった

知ってる人は知ってる。
アガサクリスティの小説のタイトル。

実際に、周りを見渡したら誰もいなかったという経験をした人は、多かれ少なかれいるのでは?

少しだけ想像して欲しい。

今、あなたは気の合う仲間と飲みに出かけてる。
とても会話がはずみ、色々な話題で盛り上がり、いつもより酒量が増え…

気づいたら寝ていた。

周りを見渡せば、誰もいなかった。

あれだけ話が盛り上がったのに、皆んな楽しそうにしてたやん?

何で誰も起こしてくれへんと訝しげに思う。

でも、少しだけ角度を変えてみると、楽しんでたんは自分だけかも?

そう考えると、腑に落ちることがあるよね。

要するに、まわりが見えてなくて、自分だけの世界を、知らんあいだにつくってた。

ここまでは、よくある話かも知らへん。

ここからが一番伝えたいことやから、よく聞いてな。

これは、ボクが実際に体験した話。

35歳。

それまで順風満帆とは言えないけど、ハタからみたら、一軒家ではないけど、分譲マンションを購入して、クルマとバイクを所有してて、妻と息子がいて、一見、シアワセそうな家族。

蓋を開けてみれば、生活はけっしてラクとは言えかった。共働きで何とかしのいでたという状態やね。

ただ、実際、手に入れたモノを手放すという意識は皆無やった。

今から思えば、精一杯背伸びしてたんやね。世間だけやない、身内や友達にも見栄を張ってたんやわ。

そういうときは、余裕なんてものはない。まるで砂上の城やから、少し波が来ただけで崩れ落ちてしまう。

悪魔は音も立てずに忍びよる。

ムリしてると気づいてないというか認めたくない。変なプライドがあったんやろう。

何度も転職をした。
これで最後の仕事やと覚悟を決めたんは、高校卒業してから就いた職人の世界。

一度は離れたけど、自分にはあってたんやろうね。毎日、充実してたし、何より、先輩たちと後輩や、同僚らと気のおけんバカ話などして盛り上がってた。

もちろん、仕事は高所での作業がメインやから、集中するときはして、気を抜けるときは、お互いに軽口を叩いてた。

そんなとき、昔から可愛がってくれてた先輩が胃がんを患った。確かに、口臭がキツくて顔色もドス黒かった。

胃がんと聞かされてようやく、合点がいった。

そんなこんなで、胃がんの手術をした先輩が戻ってきた。これだけ、顔色が変わるんというくらい、透き通った肌ツヤになってた。

聞けば、胃を全摘したらしく、何度かに分けて食事をとらんとあかんし、一度に食べれる量も少なくなってるから、ホンマにちっちゃいオニギリを時間をかけて食べらんとアカン。

現場に出てはいるものの、立場として、全体の流れを見てもらって、ボクらが実際に作業はするもんの、やはり、その人がいるだけで、現場での雰囲気もしまるし、かつ安心出来てるんよね。

そんなふうに、3ヶ月くらい経ったころ、術後の検査で引っかかったからといって再度入院した。

その後は、元気な姿を見ることはなかった。徐々に弱っていく先輩を見て、ボクは胸が締め付けられた。

最後のお見舞いに行ったときは、意識がもうろうとしてて、誰がきたのかがわからんくらいやった。

でも、この人はホンマに仕事が好きやったんやなと思わせる一言がでた。うわごとではあるし、ボクらがいると認識はしてへんやろうけど、ハッキリとした口調で、ジャッキもってこい。

それは、元気なとき、ボクらに投げかけてた言葉やから。

それを聞いたボクらは涙がとまらんかった。

葬式のとき、遺族から聞かされたんは、最初の手術のとき、すでに肺に転移してて、他の施しようがなかったけど、胃がんだけは摘出して、余命を伸ばしたとのこと。

先輩の葬式が終わってから落ち着いたとき、ボクは無気力になってた。以前のように、仕事に対して向き合えなくなってた。

いくらがんばろうとしてもアカン。

オカシイと思いながら過ごしてたけど、気づけば寝られへん。元々、明るかったボクやけど、笑うことも出来ひん。

会社に行くことすらままならない。当時、ウツ病というのが認知されてなかった。とうとう、丸1ヶ月出勤出来ひんかった。

もう、ボクは終わりやと思って、これだけツラいんやったら死んで終わらせたいと考えて、当時の妻に対して、遺書らしきものを携帯電話にメールで送った。

どこかで、助けを求めてたかも知らんね。

そこからは、急な坂道を転がり落ちるかのごとく、ドン底まで落ちたわ。でも、当時はドン底やと思ってたけど、ほんとの地獄は、まだ入ってなかった。

人は、どれだけ残酷なものか…
親友だと思ってたのに…
血を分けた肉親でさえ…

ボクという人間は一度殺されたと言っても過言ではない。

他人から、自分自身でもね。

ここから、這い上がるというか、再生するというか、新たな自分と出会うまでは、それから15年以上も要することとなる。

続く…


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