居飛車クリニック~秋月もみじ様②居飛車穴熊対四間飛車編~

経緯と違和感

きっかけは、些細なツイート。

その日、私は秋月もみじさんと篠崎マコトさんの将棋をさらさらと眺めていました。実力で言えば、きっと私の方が一日の長があるはず。それでも、持ち時間を3時間にすることでどれだけ精度が上がるのか、そんな思いで棋譜に目を通していました。

有段の目線からすると、「どうしてこんな手を指すんだ」とある種嘲りの気持ちが芽生えてしまう場面もあったかもしれません。しかし、今日は文字通り「どうしてこのような手が生成されたのか」という疑問が沸き起こり、興味深さを文字に起こしてみたくなりました。

棋譜のリンクは上記に。

今回のルール

私は一匹狼。
好きでそうしているわけではないのですが、結果的に。
特異な研究を有し、独特な概念を持つ。
人が離れていくのも自然でしょう。

そんな私ですが、将棋サークル等で強い人に教わることも多かったですし、対人の感想戦も幾度となくやってきました。
ただ、いただくアドバイスのほとんどが「具体的な手・手順の指摘」

私には「なぜ?」という部分だらけでした。

それは本当に正しいのか、強いから・勝ったからではなく、何か一貫した基準があってそう言ってるのでしょうか。

これを読む方も、少しそういった部分を感じていらっしゃるのかもしれません。

ただ、今なら分かります。
それが「限界」だったんだなと。
将棋AIのない時代に置いて、道を切り拓くのは人間。
具体的な手順、先人の知恵。そういったものが地図であり正解であったのです。

今は将棋AIが論理に基づいて限りなく正解に近いものを出してくれます。
しかし、それも「具体的な手順」
(論理を示す日もそう遠くないかもしれませんが)
我々は、なんにせよ自分で将棋を読み解くしかないのです。

そういった意味で、
今回は自分の気になった箇所を、自分と対局者の感覚の違いを考えながら、「どうしてこうなったのか」「正解との違いはなぜ生まれたのか」
から、根本となる考え方を磨いてもらえるような(あわよくば自分も磨けるような)ものにしていきたいです。

※今回は最善順を追いません。分かりやすい順を選んで記述します

例えばここは▲66歩よりも▲66銀がベターです。理屈は省略しますが、
差が小さい上、知ってるか知ってないかも大きいので、こういったものは割愛します
(そもそも私自身が居飛車穴熊を指さないので……)

怖さが生まれるワケ

問題の局面。有段なら絶対指さない手です。
「へー。じゃあ次からこれは指さない」で終わらないために

秋月さんの思考パターンの推測

すっごく簡潔に言います。
▲68飛車は結構な緩手です。
評価値で言うと、+200→0
居飛車穴熊のリード分が吹き飛びました。

考えのベースにあるのは、△65歩▲同歩△同銀の際に、次の△76銀が受からない、というものだと思います。
(4分を使っているので、これを考えた末の着手だと思います)

さて、なぜ「▲68飛車」を指してしまったのか。
そこが今回の問題です。
「知らなかった~、じゃあ次から指さないでおこう」では根本の解決になりません。

秋月さんは居飛車党ですが、棋風と言うより指し手の選択において「受け」が多い印象です。それも漠然としたものが。
「狙いのない・タイミングの異なる受け」は級位の方に多いですが、秋月さんはとりわけその傾向を強く感じます。

「怖さ」というのは将棋に置いて必須の感覚です。
怖さの嗅覚が優れているほどに斬り合いに強く、終盤の勝ちを拾いやすいです。
秋月さんの棋風——、急戦で攻め倒すものが少なく、タイミングを逸してまでも形の良さを目指すのも、この「怖さ」の影響だと推測しています。

【秋月さんの思考パターン(推測)】
仕掛けたいときに悪い筋が見える
→ 条件のいいタイミングで仕掛けよう
→ まだだ、いやまだだ
→ 相手の仕掛けが来た! 応戦しなきゃ!
→ カウンター狙いの将棋になる(主導権の放棄)

二つの理論(1)

では、▲68飛車を選ばない人は、いかにして「怖さ」を耐えているでしょう?
そこには、三つの理由があります。

①知ってるから(知識)
②戦法に対する理解があるから(感覚)
③読むと大丈夫・ダメだったから(探索)

①はいいとして、②や③について説明していきます。

②戦法に対する理解があるから

そもそも、「居飛車穴熊とはどんな戦法か」を知っていれば、▲68飛車を選ぶ理由はありません。

居飛車穴熊の方針として、ポイントを3つ挙げるとするなら
・玉形での有利を活かす
・攻めは細いが飛車は単体で捌く

・先手番なら+200程度の評価

最も分かりやすいポイントとして、
二つ目の「飛車は単体で捌く」から考えていきたいですね。

居飛車穴熊の攻めの成功パターンはいくつかありますが、
後手の33角を移動させる or 角交換 ⇒ 飛車の捌き
は最もシンプルで、最も重要なものです。
これを使わないにしろ、この筋を見せながらいい条件を引き出していきます。

それを考えると、▲68飛車は最大の攻めパターンを失い、主導権を放棄する手だということが分かるかと思います。

代案として、▲58金が考えられます。
一例として、△65歩▲67金△66歩▲同金に△65歩▲67金は、一見屈服したように見えて嫌ですね。(▲同銀でなく▲同金は△45歩▲55歩△65歩に▲56金を用意するため)

ただ、ここで思い返してください。
居飛車の攻めの成功パターン。
角交換は、33角が移動するため先手が望むところなんです。

△45歩は先手の飛車が捌けますね。
後手の攻めがないため「怖くない」。この感覚を大事にしてください

もう一例挙げますと、先ほどの▲68飛車に代えて▲58金、△65歩▲58金△66歩▲同銀△45歩に対して▲24歩!

高度なやり取りですが、飛車先が突破できれば有利→飛車を捌くには相手の角を動かす
といった方針が見えていると思いつきます。

△同歩▲35歩に△同歩なら、▲34歩△44角に▲24飛車で飛車が捌けます。
(最善ではありませんが、よくある順だと思います)
角を動かして攻めを成立させるパターンですね!

他にも、
「玉形が良いのが主張なので、手厚く67に金を上げておきたい」
「今の局面は+200だからここまで受け身に回るのはおかしい」
(下はramhome流、若いうちからせこい真似はあまりおススメしません)
といった理解の仕方があると思います。

ただ、共通して
序盤には「暗記ではなく、戦型・戦法の特性を理解する」ことによって正しい手の選択が可能になる部分が多いです。

二つの理論(2)

次の課題局面は△55角に対して▲77金と指した局面。

次の△66角から玉への直射や△39角成が怖く思えますね。
それを受けるための▲77金と推測します。

ただ、これも私はまず指しません。
なぜか? 「形ではないから」と言ってしまえばそこまでですが、言語化すると「相手の攻めを助長する手」ということでしょう。
以下に詳細を記していきます。

もちろん、「形であること・形でないこと」を知っているのは知識面のお話し。
未知の局面……「怖さ」に遭遇した際には、先ほどの理論
③読むと大丈夫・ダメだったから(探索)
を適用していく必要があります。

これもまず選ばない一手。それはなぜか……

▲77金に対して、後手は△65歩と仕掛けるのが自然です。

そして、これに対して▲同歩と出来ない時点でおかしいのです。
▲同歩なら△65桂と活用されてしまうので、大人しく△66歩と取り込ませるしかありません。本譜のように▲26飛車と上がっても本譜のように△46歩もありますし、△85歩もあり、何かしらの形で桂の活用が図られてしまいます。

飛車先の突破には成功したものの、玉に狙いをつけられてしまっています。
早さが逆転してしまいそうになっているのは、金が桂のラインに入ったからですね。

反対に、△66角を許したときにどのような怖さがあるでしょうか?
一例ですが、
▲77金に代えて本譜のように▲23銀成△62飛車▲22歩△66角
(ここで玉に狙いをつけようにも攻めゴマがなく、桂もすぐに動けませんね)

さらに▲21歩成△39角の際に▲24飛車と浮くことが出来ます。
△28歩と食い下がりますが、▲17桂とドヤ顔で指してあげましょう。「有効な攻めありますか?」と。

このように、何でもない攻めに対して怯えることはありません。
この局面では、相手の攻めへの対応よりも自分の攻めの推進の方が価値が高いです。

もちろん、▲77金以下の手順のように怖い局面もあるでしょう。

大事なのは「怖さ」の適正な評価をすること。すなわち
「正しく怖がること」が大事です。
雰囲気で怖がるのは、できる限り読んだ上でのまだまだ先の話です。

応用編

では、この局面の対処を応用問題として考えていきたいと思います。
本譜は▲75歩△同角▲76金と角を攻めますが、玉形が薄くなってしまいました。

この局面の「怖い」ポイントは△86歩▲同銀に△67歩成が成立するところ。
このプレッシャーを生み出す大元に対処していきましょう

正しく「怖さ」を理解してるならば、怖いのは△86歩なので▲76金に代えて▲76銀が一例です。△86歩が空振りするので良い受けになります。

▲76銀は角当たりかつ、△86歩&△67歩成の先受けです。
複数の役割を持つ手は味が良いですね

他にも、△86歩のプレッシャーを生み出し、△31歩の拠点にもなっている後手の角に働きかける▲56桂などが思いつきます。△53角は▲64歩で角道が閉じますね。
△55角は、▲31龍に△65桂▲78金△86歩の瞬間がめちゃくちゃ堅く、▲84歩が先着となります。

▲56桂は相手の攻防の要となる駒の排除
どう応じても相手はどこかしらの妥協を迫られます

最後に

簡単になりますが、今回は「怖さ」をテーマに、秋月さんの将棋を見てまいりました。

お相手につきましては、許可が取れておりませんので具体的な箇所は申し上げませんが、「序盤のペースを取られないように相手の最善形を乱す動き」「組まれたら早い段階で6筋8筋を使ってあやを作っていく」「最終盤厳しくても隙を狙いたい」といったことがポイントとして挙げられますね。

「怖さ」を正確に評価する。
自分の将棋にも足りないところです。
秋月さんの将棋を分析するとともに、強い自戒を込めて——。
強くなりましょう、お互いに。

私もとても勉強になりました。ありがとうございます!

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