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トーキョーは夜の十時


「東京タワーとスカイツリー、どっちが好き?」

そう訊ねられれば、迷うことなく「東京タワー」と答える。

戦後の復興からの、高度経済成長期の希望に満ちた目覚ましい発展、そして、バブル期の嗜欲が苦々しく弾け飛んだ落胆。

その栄枯盛衰に寄り添いながら、ただそこに佇んで、歴史とともに、日本と昭和を見守り続け、東京を照らし続けた“象徴”を愛しく思う。

というのは托言けで、本当はそのノスタルジックでレトロなデザインと配色センスが好みなだけかもしれないのだけど。




『東京は夜の七時』という歌が好きだ。

当時“渋谷系”と沸かせた、ご存知あのユニットの名曲である。


こんなにもポップで、スタイリッシュで、淋しくて空っぽな歌があるだろうか。この歌はまさにプラスチックのように綺麗な“東京”そのものなのだ。

“渋谷系”を謳いながらも、このMVは東京タワーと銀座をメインに撮影されている。そんな彼らにとってもまた“東京”と言えば、渋谷ではなく“東京タワー”なのだろう。

モノクロームな映像が、東京の抱く洗練された印象と哀愁をそのまま語っている。そのなかを楽しげに振る舞う、全く色っぽくない野宮女史のマネキンのような肢体が一層お洒落に映える。

約30年前の作品なのに、全く色褪せない。

さすが“東京”なのである。




さて、東京タワーへの愛しい想いは変わらねど、それ以上にわたしにとって大切なタワーがある。

ドコモタワーだ。

ドコモタワーは、渋谷区に建造されているものの、新宿のランドマークタワーと言って良いほどにその街の景色に溶け込んでいる。

横浜の人がマリンタワーをシンボリックな存在として慕い続けているように新宿の人もアツい想いをドコモタワーに傾けていて・・・

なーんてことはまったくないのだけども、わたしにとってこのタワーは“生きていることを実感できる証”なのである。

わたしにとっての“東京”は東京タワーではなく、“ドコモタワー”であり“新宿”なのだった。



金も仕事も恋も、すべて無いときがあった。

もう、わたしには「わたし」しか残ってなかった。

お腹がすいて死にそうだという以前に、心が渇ききって、あまりにもひもじくてみじめだった。

そんなときに交差点の信号待ちで見上げた新宿の夜空には、ただただ静かにドコモタワーが嘘みたいに輝いていた。

朝からドレスアップして会いに急ぎたい相手なんて、もうそこには居なかったし、他所に選択肢を考えていないわけではなかったけども、それでも“新宿”という街に接点を持てるような仕事に就きたいと思っていた。

夜の黒に鮮やかなネオン煌めくこの街が単純に好きだったのだ。

そこに溢れる欲も漂う涙も、実に人間臭い。そんな街が愛しいと思った。

タクシーの窓を開けて風に吹かれながら待ち合わせのレストランに急ぐような大人に、いつかはなるのだと漠然と思っていたけども、“新宿”を東京だと思っている時点でそんな大人からはとっくに掛け離れてしまっていた。

なんでも有るけど、なにも無い東京。

なにも無い、わたし。

ただ広がるのは手つかずの真っ白な未来だけ。

だから。

もう一度、その白い未来を鮮やかに染めながら歩き始めることを決めた。


そこから今までの人生の節目節目で、ドコモタワーはいつも新宿の夜空にやっぱり嘘みたいに輝いていた。

仕事でうまくいかなくて悔し涙を滲ませたときも。

世界でたったひとりわたしを愛してくれる人と出会えたときも。

このタワーはわたしのどん底も幸せも全部を知っているのだ。



わたしは今、大好きな仕事に就き、大好きな人と、大好きな街に暮らし、日々大好きな落語を味わっている。

もうあの留守番電話をひと晩中廻し続けなくても、ひと晩中愛されたいと願わなくても、夢で見たのと同じバラの花をかかえた、いつも優しいあなたが待っていてくれる街で。

この大好きな部屋の窓からは、クリスマスじゃないけど色とりどりの灯りに包まれたドコモタワーを毎晩臨むことができる。



そして・・・

落語を聴いた帰り道。

末廣亭から、道楽亭から、無何有から、ミュージックテイトから帰るとき。

満たされた気分で見上げる夜空にも、相変わらずドコモタワーが嘘みたいに輝いている。









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