チカラビトの系譜
白鵬が引退を表明した。モンゴル出身ながら、14年にわたり日本の大相撲を支えてきた大横綱だ。白鵬が来日したのは20年ほど前だが、実は物語の始まりは約1800年前に遡る。
チカラビトたちが誕生したのは、モンゴル平原だといわれている。騎馬民族の大移動とともに東へ南へと流れていき、やがて中国、朝鮮とわたり、百済渡来人から日本にたどり着いたチカラビトが、その後の大相撲力士となった。一方で西へ向かい、カスピ海の南を通ってトルコへ行きついたのが、後のレスリング、ヨーロッパの格闘技として定着したのだという。こうしてチカラビトたちは、神として、見世物として、鎮魂パフォーマンスとして、シンボルとして、モンゴル平原からあちこち漂泊したのち、日本においても国技として定着したのだ。(参考:「力士漂泊」宮本徳蔵 著)
モンゴル力士の活躍が今もなお続いているが、個人的には元祖チカラビトたちの活躍は、とてもうれしい。なんといっても、モンゴル力士は相撲内容が良くて見ごたえがある。かつてハワイの力士たちが君臨していた時には、相撲全体が大型化して、あっけない相撲が多くなった。そこに、モンゴル力士たちが台頭してきて、重心の低い、粘りのある相撲の醍醐味を取りもどしてくれた。そもそもがパフォーマンスである以上、土俵の上で観客を楽しませてくれることが一番なのである。白鵬の素直な感情表現が、なにかと批判されることが多く、挙句の果てにはモンゴル人は相撲道を理解できない、などどいわれることが情けない。相撲は、たまたま国技として進化してしまっただけで、そもそもチカラビトには国境がない。そんなに小さい存在ではないのである。
「日本国籍がないと親方になれないから、白鵬は帰化したんだって」
と、娘に話したら、プフッと笑って、
「同じ人なのにね」
と答えた。戸籍上とはいえ、モンゴル国籍とモンゴル名を捨てることは、重い決断だったと思う。それは、誰にとっても同じだ。相撲協会も、そんなちっぽけなことにこだわっていては、日本の国技がチカラビトに一蹴されてしまうのもあたりまえか・・・。
プロのスポーツ選手というのは、その中で最大の自己表現をすることが人々を魅了するのだ。伝統とか国籍とか、そういうものを飛び越えてこそ世界中の人が共感できるものなのだと思う。
チカラビトの系譜は、もっともっとスケールが大きいのだよ。
長い間ありがとう、白鵬。ご苦労様でした。