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#135 悩みは比べるものじゃない

「世の中には食べることに困っていたり、住むところがなくて困っていたりする人がたくさんいるの。
 だから皆が悩んでいることは、その人たちと比べれば大したことない。
 だって、皆は食べられるし、家もある。とても恵まれているんだから」

小学校だか、中学校だか、いつの記憶だかは定かではない。
しかし、先生のこの言葉が、今も胸に棘のように刺さっている。

当時、これを聞いたときの僕は素直だったから、
「ううん、そうか。僕より辛い目に遭っている人がたくさんいるんだから、こんなことで悩んじゃダメだよな」
と思っていた。

けれど。
そもそも悩みって、比べるようなものなのだろうか。

誰かに言われた「大したことない」

人間、生きていれば悩みは尽きない。
それは、子どもだって大人だって同じことである。

無論、僕も今までの人生の中で悩みを絶やしたことはない。
どうやら僕の頭というのは、「悩んでいる状態」が大好きなようだ。
全ての問題が解決したとしても、自然と悩みを探してしまう癖がついているくらいである。

なので幼少時代から今に至るまで、その悩みを誰かに打ち明けるということが何度かあった。
幸い、今付き合っている人たちはとても慈悲深い人たちばかり。
なので、自身の悩みを聞き入れて、一緒に悩んでくれることが多い。
だが子どものとき、あるいは学生時代は悩みを否定されることがあった。
それもただ否定するわけではなく、比較によって否定されることがあった。

「お前なんてまだマシだよ。俺なんてこうだぜ」
「別にそんなん大したことないじゃん。俺の方がしんどいよ」

と、悩みマウント合戦のようになったことが何度もあった。
僕は他人の言葉をどうしても鵜呑みにしてしまうので、
「そうか、自分の悩みは大したことないのか、うーん……」
と、それでさらに悩むのであった。

自分の抱えている悩みは、大したことはない。
それは、大人からも言われたことがある。
それが冒頭に書いたことである。

僕の周りの大人たちは、世界で苦しむ人たちと比べてきたのだ。

きっと大人たちは、
「そんなことでくよくよするなよ」
と、励ます意味で言ってきたのかもしれない。

だが少なくとも僕にとっては、誰かと比較することで励まされても逆効果だったように思う。
悩みは比べられるものではない、というのが僕の価値観だからである。

「大したことない」と言えるのは自分だけ

極論、抱えている悩みを大したことないと言えるのは、悩んでいる本人だけだと僕は思っている。
ある人にとって小さくても、本人にとって大きいことであることは往々にしてあるからである。
悩みを測るための定規というのは、この世には存在しないのだと思う。

比較することで励ますというのは、危険なことだとさえ今は思う。
noteを始めて思うのだが、僕が思っている以上に、世の中には「自己肯定感の低さ」に苦しんでいる人が多いように感じる。

自己肯定感が低い人というのは、どうしてもネガティブに物事を考えがちである。かくいう僕もそうである。
そういう人は、他人から「大したことない」と言われるとどうなるか。
「こんな小さいことで悩むなんて」と悩みを深くしてしまう可能性が高い。

結局のところ、必要なのはその人の抱えている悩みを認めることだと思う。
少なくとも、子どもの頃の僕はそうしてもらいたかった。

もし今、これを読んでいる人の中で何かに悩んでいる人がいるとしたら、悩んでいる自分を否定しないでほしい。
悩みに大きいも小さいもないのだから。
そして何より悩んでいるということは、精一杯生きているということだと、少なくとも僕は思うからだ。



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立竹落花
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