サンバのリズムと七夕の風
「なにひとついいことなかったこの町に」
その曲はこの歌詞でAメロが始まっていく。
けれど、歌詞の中でネガティブな歌詞はこのワンフレーズしかない。
明るいサンバのリズムにラテンのグルーブを掛け合わせたこの曲は
終始ある一言に帰着する。
「風になりたい」
僕にとってのこの曲の思い出を少し語ってみたい。
父と母は趣味でジャズをやっていた。
どちらもサックス。
父はアルトサックス。
母はテナーサックス。
幼少期、二人の趣味に付き合わされていた僕は、
日曜日にはその練習会に連れて行かれては、同じ境遇の子供達と一緒に練習ホールの上にある薄暗い体育館で疲れ切って飽きるまでよく遊んでいた。
両親たちは定例コンサートや、社内祭での出番に向けて練習を重ねていたが、僕ら子供たちは付き合わされている立場であったので、まぁあまりいい気はしていなかったのだ。
つまらなーいと駄々をこね、練習会の先生にお菓子をねだる休日。
少し両親たちの演奏に耳を傾けようと思っても、細かなパート毎の改善や修正を伝えるたびに演奏は止まり、知っている今の曲のこの先が聴きたいのに!と文句を言い練習をストップさせる。
まあ困ったガキどもであった。
その状況がもう少し続いたら、おそらく僕は両親の練習会についていくことが嫌いになっていたであろう。
他の子供たちの親もそれを勘付いたに違いない。
ある時、子供たちが集められたのだ。
「今度みんなでパレードをします!」
先生から告げられた言葉は僕らの目を輝かせた。
パレード。
それは某夢の国でネズミのリーダーを筆頭に始まるそれはそれはきらびやかで、華麗なキャラクターたちの行進でしか聞いたことのなかった言葉だった。
僕たちは同じものを想像していたのだろう。
そして子供心ながら、パレードに出るということ、それは自分達が主役になるという意味でもあった。
その時は何をやるかなんてわかっていないのに、僕たちはすぐにやりたい!と声を揃えた。
そうとなれば、練習開始である。
僕たちの出るパレードは地元の七夕祭りのパレード。
そこに両親たちが演奏する曲に合わせてマラカスやタンバリンでリズムをとって一緒に行進するというものだった。
演奏される曲はThe BOOMの「風になりたい」
サンバのリズムに乗って、演奏されるその曲は、パーカッションが煌びやかにそして力強く響く曲であった。
バブル崩壊後の日本を襲った大地震。
宗教団体の起こした未曾有のテロ事件。
そんな中発表されたこの曲は明るく、力強く、そして前向きに進む原動力になる。そんな曲であった。
僕たちはこの曲がとても好きだった。
普段から楽器に触れているというのもあったが、とにかくカッコよかったと感じていたのを覚えている。
サンバのリズムは明るく、楽器を演奏する両親がとても輝いて見えたものだ。
タンバリンや、マラカスなどを渡された僕らは思い思いにリズムをとって、パレードの日を待ち望んでいた。
本番までの期間は両親たちは歩きながら演奏を練習する必要がある。
その日から、鬼ごっこの会場であった体育館は僕らパレード隊の行進するメインストリートとなった。
行進のテンポ合わせて演奏をするのだが、僕ら子供たちも一緒になって練習に参加した。
ひらがなで書いてもらった歌詞カードをみんなに配ってもらい、一生懸命覚え、軽快なスネアのリズムに乗せてマラカスを一生懸命振った。
僕は父の吹くサックスのメロディに乗せてタンバリンを叩き、周りを踊り回った。
あの練習の時は、薄暗い体育館がとてもとても、輝いていた。
そして当日。
大勢のバンドが連なってパレードが始まった。
マーチング調の演奏をするバンド。
アイドル曲のメドレーを演奏する吹奏楽部。
そして僕たちのバンドの出発が近づいてきた。
先生の掛け声と軽快なリズムを刻むパンデイロ。
僕たちの番が始まった。
暑さにうだってヘロヘロだったようにも思う。
けれど一歩ずつ進む行進と、演奏。
曲に込められた想いをパーカッションのリズムに乗せて進んでいく。
曲に込められた願いをメロディで奏でていく。
少し暗い世の中の空気を少しでも元気にしたい。
だって、この曲を演奏している僕たちはこんなにも楽しくて元気なのだから。
そんな思いのこもった「風になりたい」は確実に見ている人を笑顔にしていったのだ。
そして、そんな曲を演奏する父親の姿を誇らしくも思った。
僕らは確かに主役になった。
七夕祭りのパレードで風になった。
沿道で見ている人たちを笑顔にする風になったのだ。
僕はふとこの曲を口ずさむ。
この曲は、日本を明るくとか、世界の情勢を憂いてる歌ではない。
小さな町にいるひとのことを歌っている。
それは自分とも捉えられるし、隣にいる人のこととも捉えられる。
とっても小さいけれど、その人にとって、とっても大きな幸せを歌っている。
この曲は誰もが歌えば主役になれる曲なのだ。
僕はこの曲を奏でる両親を誇らしく思った。
たった一つの曲だけど、こんなにも人を笑顔にできる曲を演奏していた両親を見て幸せに思ったのだ。
「風になりたい」は今の僕を形作った大切な思い出の曲である。
ぜひ誰かを想って聴いて欲しい。
この世界も捨てたもんじゃないと思えるだろう。
サンバのリズムに身を委ねてほしい。
気がついたら笑顔になっているだろう。
そして大声で歌ってほしい。
気がついたら僕らは主役になれるだろう。