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香名♠︎
2021年12月18日 16:48
「やっちゃったな」と、自転車を引いたおじさんは、私を見て同情するように笑っていた。私はその同情に、首を縦に動かして返した。歩いて30分ほどの家路を急ぎたいけれど、からだを温めたい。 *「いらっしゃい。」家族へのあいさつかのようにさりげなく、やわらかな声がふわりと届いた。たったひとことの、私だけに向けられた「おかえり」のように。私は、水を含んで冷たく重くなった
2021年12月13日 18:03
ーありがとう。とってもたのしかった。とってもたのしかったんだ。会いたかったんだ。ー暗い底から水面を見上げていた。きみと共鳴して映るひかりは、宝石の反射のようで、色とりどりの星が瞬くようだった。氷のような冷たい粒が降ってくることもある。鋭く透明で、水面を裂くように落ちてくるけれど、ここは暖かいからほろほろと解けていく、ダイヤモンドの砂が降ってくるように。きみは知っているのだろうか。暗い底に
2021年12月7日 08:06
仕事の帰り道は、ときどきコーヒーを飲みに寄ります。だいたいは週のおわりの金曜日、たまに待ちきれなくて水曜日や木曜日に足を運びます。帰り道といっても、通勤は電車なので一度途中で下車するのです。職場の最寄りでも家の最寄りでもない駅を、降りたところに小さな店があるのです。改札を出て階段を登り左手の道を往くと、コーヒー豆の香りとすれ違います。「こんにちはー」「こんにちはー」この小さな店が
2021年12月5日 13:48
スーパーで買い物をしていると、子どもがじっとわたしを見ている。親と逸れてしまった迷子だ。まただ。親と逸れた小さな子に、わたしはよく見つかる。既に泣きながら見つめてくる子もいれば、「どうしたの?」というこちらの問いに「おかあさんがいない」と応えた途端に涙を流しはじめる子もいる。なんということなさそうに「おかあさんいないなー」と話しかけてくる子もいた。「探そうか」と手を出す。手を引くその
2021年12月5日 08:27
きみはぼくの背にトントンと手を触れていた。まるで眠りにつかせるみたいに。きみの頭のなかでは映画のシーンが流れていたのか、いつのまにかリズムがスパイ映画のテーマだ。ぼくにはすぐにわかった。「きょうはどこを彷徨っていたの?」 ぼくの背でリズムを取りながら、きみは尋ねる。きみの手は、つめたくない。ぼくはきみに応える。「お囃子の音が好きなんだ。夜空に連なる提灯も。いつでもそこに帰りたいん
2021年12月4日 16:13
「きみは扉を見つける。扉を開けたらどこへ行こうか。観たいものをみせよう。」きみはそう言ったんだ。「そんなことを言われてもわからない。自分の望みはわからない。そしてきみは、姿を見せない。」どこまでも繁る木々のなか、歩く素足の足もとは、踏み締めるたび鋭く刺さる小枝、くすぐるように触る濡れた葉。なにか光って見せるものは透き通るように白い花のベル。森を往くぼくの足は、いつでも在処を知って