【絵のあるおはなし】泳ぎ疲れた犬の話1
犬は泳ぎつかれていた。からだが冷たくなって骨がぎしぎししていた。鼻は(こんな海のまんなかじゃ、鼻を効かせる甲斐もないのだけど)ひりひりしていた。とにかく具合が悪かった。いったい、いつから、どのぐらい長いことこうしているのか、わからないけれど、いつの間にかこうなっていた。泳げばどこかにたどり着けるのか、それすらわからない。足を動かさなければ沈んでしまいそうだ。
「沈んじゃおうかな・・・もう、泳げないもん。」
犬は昔、悲しいことがあった。それで、泣いてしまった。泣いていたら雨が降ってきて、長い間泣いているうちに、気がついたら涙は海のようになっていた。
自分は悲しくて泣きじゃくっているのだと思っていたのに、いつの間にか犬かきをして泳いでいる自分になっていた。それは驚くべきことだ。泣いていたはずが泳いでいる!そして、ようやく泣き止んだ。
「いくらなんでも・・・
こんなにたくさん泣けるわけないよな
自分だけの涙じゃないよな。」
でも、見渡す限り、嗅ぎ渡す限り、他に気配はないし、涙を流すようなものもいなかった。もしかしたら、「渡す限り」のそのまた向こうに、同じように泣いてる犬がいるのかもしれない。そういう犬が無数にいて、みんな泣いてるのかもしれない。そんな想像をして途方もない気持ちになった。
でも、涙の塩分は海にはちょっと少なすぎだ
「こういうのは海って言わないかもな、”海みたいなもの” なのかもな、魚だって泳いじゃいないし・・・。」
その瞬間、犬は足に触れるものを感じて背筋がひやっとした。波の間から水中をうかがうと、なんと、、、、魚がいた。
ずっと浅いところで、銀のスプーンみたいに光る魚がたくさん群れをなしていた。
「ふうん・・・」
犬は今まで気づかなかったその光景に、我をわすれて水中を覗きこんだ。はっきりは見えないけれど、魚の向こうに底知れぬ海の深さが感じられた。水が深く濃くなるのを見ていたら、じっと見つめていなければ動いていることに気がつかないくらい大きな、大きな黒い影が、ゆったりと滑るように通り過ぎていった。
ぞくっとしたけれど、もう、どうでもいいや、と思った。
海(みたいなもの)の中で、犬はとにかく疲れていた。なんの希望もなかった。そして、泳ぎ疲れると気を紛らわすために思い出に浸った。
(つづく 泳ぎ疲れた犬の話 2)
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