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おむすびころりんに学ぶ、改心の話。

こんにちは🌱
にじです🌈

今日は、おむすびころりんの話です。

まるさんのこちらの記事を読み、以前からいつか書きたいなと思っていたお話を思い出しました。


それは、保育士試験対策に、おむすびころりんを覚えていたときのこと。

お話を3分にまとめるのに、色んなパターンのおむすびころりんを読みました。
面白いことに、元は同じお話なのに、読み比べてみると意外と違いがあることに氣がつきます。

今日はそんな氣づきをシェアできたらと、記事を書きました。楽しんで読んでもらえたら、嬉しいです。

まるさんの記事は、昔ばなしには豊かになったおじいさんと貧しくなったおじいさんがいたことを切り口に、目に見えるものと見えないもの、分け合うことと奪い合うことについて書かれています。

豊かさってどんなこと?と色んな視点から考えされられました。

おむすびころりんにも、2パターンのおじいさんが登場します。

お話を知らない方のためにも、あらすじをご紹介しますね。少し長くなりますので、必要ない方は飛ばしてください。

昔、正直で働き者のおじいさんが、山で木を切っていた。

昼になったので、おばあさんが作ったお弁当(焼きオムスビ2つ)を食べようと包みを開けたが、うっかりおむすびを転がしてしまい、木の下の穴に落としてしまった。

すると、穴の中から何やら可愛らしい歌声が聞こえてきたので、おじいさんはもう一つのおむすびを穴の中に転がした。聞こえてきた歌に夢中になっていると、おじいさんまで穴の中に転がり落ちてしまった。

落ちた所はネズミの屋敷で、おじいさんはネズミたちの餅つき踊りで熱烈歓迎され、きなこ餅をたくさん御馳走になった。帰りには、小判の詰まったお重をお土産にもらった。

自宅でたくさんの小判を前にして、おじいさんとおばんさんが大喜びしていると、それを見ていた隣のよくばり婆さんは、自分たちも真似して小判を手に入れようと計画した。

よくばり爺さんは、抱えきれないほどの沢山のおむすびを持って山に出かけた。穴を見つけたよくばり爺さんは、大量のおにぎりを穴に投入し、自分も無理やり穴に飛び込こんだ。

ネズミの屋敷に着いたよくばり爺さんは、餅つき踊りを披露されていたが、隙を見て小判を強奪しようと猫の鳴きまねをした。しかしその作戦は失敗し、よくばり爺さんはネズミたちに痛い目にあわされ、命からがら家に逃げ帰った。

その後は、よっぽど応えたのかあまり欲をかかなくなったそうだ。

まんが日本昔ばなしデータベースより


おむすびが穴に落ちて、転がっていく時に、「おむすびころりんすっとんとん ころころころりんすっとんとん」と可愛らしいねずみの声が聞こえる場面が有名です。

ざっくりとしたあらすじは、上に紹介した通りで、正直なおじいさんに対して、欲ばりなおじいさんが登場します。

色んなパターンがありますが、私が試験対策の際に参考にしていたものは、次のような終わり方でした。

正直なおじいさんは、その場を楽しみ、ねずみたちにも、感謝の気持ちを持ち、謙虚に接します。その結果、財産を得て、それを村人たちと分け合います。

一方、欲ばりなおじいさんは、財産を独り占めしようと自分勝手な行動をします。その結果、痛い目に合います。

私は、書店を回り、色んなパターンのおむすびころりんを手に取って、物語を読み、最終的にアニメ絵本のものを参考にしました。

当時は、なぜそれを選んだかと言えば、「なんとなく」でしかなかったのですが、今こうして思い返してみると、人としての救いがあるというのが、決め手だったように思います。

私が出会った何パターンかを紹介しながら、説明していきますね。

【パターン①:正直なおじいさんしか登場しない】
欲ばりじいさんが登場せず、あるおじいさんがおむすびころりんして、ねずみと出会い、楽しく歌い踊り、その結果財産を得た、というだけのお話もありました。

おむすびころりん♪の楽しさを味わうだけなら、充分かもしれませんが、個人的には物足りなく、もう少し人としての深みがほしくなるかな、と思いました。

【パターン②:欲ばりなおじいさんのやることがえげつない&痛めつけられて終わる】
前半部分から欲ばりなおじいさんが登場して、のおおよその部分は同じですが、欲ばりなおじいさんが最後「閉じ込められたり」、「その後どうなったのか誰にも分かりません」といった言葉で締めくくられるパターンです。

このパターンの時は、欲ばりなおじいさんは、ねずみを執拗に驚かしたりと、悪いおじいさんとして描かれます。

欲張ったり、嘘をついたり、脅したり、悪いことをすると、痛い目に合う。ことを教えるために、欲ばりなおじいさんは、最後穴の中から出られずに終わります。

【パターン③:欲ばりなおじいさんが痛い目にあった後の記述がある】
あらすじにあるように、「欲をあまりかかなくなった」、「欲ばりはやめようと思った」などと、欲ばりなおじいさんが、自分勝手な行動をした結果、痛い目に合うが、その後欲ばりなおじいさんがどうなったか、ふれているパターンもありました。


言わずもがな、私は最終的に、パターン③を参考にしました。

パターン②を選ばなかった理由は、あまりにも救いがない、と思ったからです。

絵本は、子どもが読んだり、大人が子どもに読み聞かせることが多いと思います。

もし、子どもたちがパターン②のような物語を読んだとき、悪いことをすると痛い目に合うんだ、じゃあ自分はやめよう。と素直に受け取れれば良いですが、悪いことをしたら全て終わり。と否定感がのこる場合もあるかなと思いました。

あれはダメ、これもダメ、やってはいけないことだらけで、やったら、その人は「ダメな人」になってしまう。
「ダメな人」にならないように、頑張らなきゃ。

とは、思ってほしくないな、と私は思います。

それに、大人だって、間違えることがあります。
失敗したり、くじけたり、落ち込むことだってあるし、魔が差しちゃうことだってあるかもしれません。

そんな時、道を踏み外したら、終わり。と、思ってしまうと、その先がしんどいなぁ、と思います。

ゲームのように、即終了して、また新しくスタートできれば良いですが、人生は、そうはいきません。

どこまで行っても地続きで、あっちに行ったり、こっちに行ったりしながら、その人が通ってきた道のりがつくられてゆきます。

だからこそ、悪いことをしてはいけない。というのは、正しいと思います。
けれど、悪い事をした人は、一生「ダメな人」なのか、と言うと、そんなことはないと思うのです。

悪いことをして、一生悪いことをし続ける人もいれば、「あぁ、いけないことだったんだ」と学び、心を入れ替えて、良いことをしようと変わる人もいると思います。

自分の身に起きた出来事から、学ぶべきを学び、人を傷つけることや悪いことをするのはやめよう、と自分の心と約束し、そのように行動することが「改心する」ということなのだと思いました。

長く、語ってしまいましたが、いくつかのおむすびころりんのお話に触れる中で、そんなことを思いました。

無意識のうちに思考を矯正するような展開ではなくて、間違えたとしても人として成長していく可能性がある展開に私は魅力を感じました。

もし自分に子どもができたり、保育士として子どもたちに読み聞かせなどしたりする時があったら、子どもたちの心を縛りつけるのではなくて、その子たちそれぞれの育ちをゆるく支えていけるような、物語を伝えたいと思いました。


最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

やっと書き上げられました。
学びシリーズが3記事目になったので、マガジンを作成しようと思います。

12月が始まりましたね!
今年最後のひと月。

みなさまが思い思い過ごせますように✨
またお会いしましょう🍙


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