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望 フルムーン

 深い息を吐きながら湯の中で身体を伸ばす。両手で湯をすくってみる。黒い。湯に沈んだ自分の身体が見えないほど黒く濁った湯だ。

 気散じに温泉へでも、と言われて思い浮かんだのがここだった。北海道は天塩郡にある豊富温泉。北海道に温泉は数あれど、思い出すのは豊富だけだ。

 来年、結婚して三十年の年に、息子が結婚する。そのせいか自分の結婚生活を振り返ることが増えた。妻は、私は、幸せだったのだろうか。

 真珠婚を前に一度離れてみましょうと言ったのは妻だった。あなたは気散じに温泉へでも出掛けたらどうですか、と。私はどんな顔をしたのだろう。妻の言葉はずっと胸の底の方に刺さっている。

 かくして私と妻はそれぞれ別々に、十日間の旅をすることになった。

 今まで仕事を理由にさんざほったらかしにしてきたのに、この旅を始めてから妻を思わない日はない。

 そうか。だから旅をするのか。

 黒い水面にくたびれた私が写っている。

《了》

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涼雨 零音
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