【映画】遠く向こうで、ビルに虚しさが刺さって【ものすごくうるさくて、ありえないほど近い】
穏やかな日常が突如として壊れる。
そんな経験はしたくないし、できれば穏やかな日常が続いて欲しい。そう願うのが普通ですよね。
でも、それを自分の力で防ぐことができないからこそ、人は多様に生き方を変えなければいけないのかもしれません。
今回のウイルス感染も、突如として私たちの日常を変えました。外に出歩くのを抑え、家にいる時間が増える。普段とは違う日常です。遡れば、3.11や過去にあった戦争もそうでした。
そしてアメリカでは約19年前に世界を震撼させた9.11がありました。今回は、そんな9.11を題材とした映画を紹介させていただきます。一人の少年が、悲しい事件を「乗り越える」映画です。
■「乗り越える」ための物語
「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」(原題:Extremely Loud & Incredibly Close)は、9.11のアメリカ同時多発テロを題材にしたストーリー。9.11によって愛する父親を亡くした9歳の少年オスカーが、父のクローゼットから見つけた謎の“鍵”に合う鍵穴を探してニューヨークの街を駆け回る。多くの人々と触れ合いながら、本物の鍵穴をたどっていくオスカーが最後に得たものとは。
あらすじはこんなところだろうか。
今回の作品を視聴して真っ先に思い浮かんだ曲がある。ASIAN KUNG-FU GENERATIONの「ワールドアパート」だ。9.11を題材にして書かれたこの曲に、こんな歌詞がある。
「遠く向こうで ビルに虚しさが刺さって 六畳のアパートの現実は麻痺した」
あれまでと、それから。世界は切り離された。一つの事件によって、テロはすぐそこにあるものだと容赦なく教えられ、自分たちの日常が突如として壊れる。そんな一つの瞬間を描いた歌詞だと言っていい。
この映画の主人公であるトーマス・ホーンが演じるオスカーも、その日、突如として日常を失った一人だった。愛する父親を亡くした喪失感。現場から最後にかけてきた父親の電話に出ることができなかった後悔。そんな中、父親の遺品から見つけた一つの鍵。溢れ出る感情に終止符を打つために、自分の思いの捌け口を、その鍵に見出したのは何ら不思議ではなかった。
オスカーは唯一のヒントである「ブラック」という文字を頼りに、ニューヨークに住むすべての「ブラックさん」を訪ねた。
アスペルガー症候群という発達障害もあって捜索は困難を極めたが、彼は強い少年だった。いろいろな人と触れ合うことにより、世の中には自分の知らない様々な人たちがいることを知る。その人とその人には、その人たちの事情があって、みんながみんな幸せに過ごしているわけではないのだと理解する。
そして自分だけが悲しい思いをしているのではないのだと、子供ながらにオスカーは気付いた。
結果的に答えとなる“鍵穴”は切ないものだったかもしれない。だけど、オスカーは、鍵穴探しによって確かな答えを見つけることができていた。
全て見終えた後で感じるのは、今作は「乗り越える」姿を描きたかったのではないだろうか。父親の死を乗り越えるため、自分の後悔を乗り越えるため。そして9.11を乗り越えるため——。鍵穴を見つけることこそが、あの日を乗り越えるための「鍵」だったのだ。
あの事件が起きる前の世界はもう戻ってこない。だから今を乗り越えて前に進むべきだ。そういったメッセージが詰まった作品なのではないかと感じた。
これは今の時代にもつなげることができる。新型コロナウイルスの起きる前の世界にはもう戻らない。だから、この苦しい時期を乗り越えて前に進むべきだと、改めて教えられた気がする。
■隠れた裏テーマ
もう一つだけ言っておきたいことがある。
今作の表のテーマは前述した「乗り越える」だとして、個人的な見解としては裏のテーマも存在する。それはひょんなことからオスカーを手伝うことになる間借り人が発した言葉にヒントが隠れている。
「My story is my story」
意味は「私の物語は私のもの」。
先ほども書いたようにオスカーは鍵穴探しを通して様々な人と出会うことになった。そして、その人たちにはその人たちのストーリーがあった。
自分には自分だけが知る物語があって、彼らには彼らだけが知る物語がある。人の物語を知る権利なんかないし、すべてを知ることなんて不可能だ。だから、誰かと比べたりするのではなく自分の物語を精一杯綴っていこうよ、と言いたかったのではないだろうか。
もちろん解釈は人それぞれ。そんなことは全く思わなかったという人もいるだろう。だけど、そう感じたなら、それはあなたが感じたものであって、どちらが正解で不正解という話ではない。あなたの物語はあなたのものなのだから。解釈が他の人と違うかもしれないという言い訳はこの辺でやめておこう(笑)。
■編集後記
ちなみに、この作品でオスカーを演じた子役トーマス・ホーンの演技は胸にくるものがあった。すべての言葉が、ストレートで、真っ直ぐ。言葉使いは荒いかもしれないが、様々な感情の中で揺れ動く少年を好演している。
また、オスカーを手伝うことになる間借り人を演じたマックス・フォン・シドーも素晴らしかった。声を発することができない老人は映画のキーパーソンとなるのだが、彼とオスカーの掛け合いは人を作品にグッと引き寄せる演技だった。
父親役のトム・ハンクスや母親役のサンドラ・ブロックも含め、今作に出演した役者たちの演技は見事だったと言っていい。こんな世の中だからこそ、一度見てほしい作品なので機会があれば是非。
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では、今回はこの辺で。
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