脳腸相関〜腸内フローラと脳機能との関与

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脳と腸は双方向的に情報伝達を行って、相互に作用を及ぼしあう関係にある。この脳(特に中枢神経系)と腸管の関係性を「脳腸相関」と呼ぶ。ストレスなどが原因の過敏性腸症候群は、脳腸相関による疾患・症状の代表的なものとして知られる。

過敏性腸症候群(IBS)はストレス・不安感が原因で、腸管には疾患が見られないのに便秘・下痢・腹痛などの症状が現れる。IBSは脳が感じた不安の感情が末梢の臓器に影響を及ぼし、特に腸機能へ悪影響を与える生体減少として、長らく知られてきた。

最近の研究では、腸で生じたさまざまな生理的・病理的変化が脳へ伝達され、脳内の情報処理機能に影響を与えることが明らかとなった。この脳(特に中枢神経系)と腸管との関連を示すのが「脳腸相関」である。

無菌(腸内細菌を持たない)マウスは、外界からの各種刺激(ストレス)に対して過敏でアレルギーにも弱い。しかしそのマウスに細菌を植え付けていくと、アレルギー症状が抑えられる現象がみられる。

これは、細菌に曝されにくい生活環境で育った成人が、アレルギー抑制力が低いというアレルギー疾患増加の原因に関する「衛生仮説」にも、合致する現象である。

生体が何らかのストレス刺激に曝されると、「視床下部-下垂体-副腎軸(HPA軸)反応」というストレス応答を見せる。この反応では中枢計〜下垂体を経由し、副腎への指令でコルチゾール、アドレナリン等の副腎皮質ホルモンが体内に分泌される。

これにより、交感神経が活性化され、心拍数・血圧・血糖値上昇といった反応が起こる。これ自体は、恒常性が生体を回復させるための適切な反応だが、限度を超えた過剰なストレス反応は、心血管系・中枢神経機能にダ
メージを与え、免疫低下、疾患の原因になってしまうのである。


研究
アイルランド国立大学コーク校のJohn Cryanは、細菌嚢が脳に最も影響するのは、(一生のうちの)早期の可能性が高いと説明。2014年に開催された「腸内微生物と脳:神経科学におけるパラダイムシフト」シンポジウムでの彼の報告によれば、帝王切開で生まれたマウスは経腟的に生まれたマウスとは、異なる細菌叢を持つ。また不安度が顕著に高く、うつ病の症状などが見られた。マウスは通常、母親の腟の細菌群が最初に遭遇する細菌群だ。しかし出産過程でそれを取り込めないと、生涯に渡り精神的健康に影響があるという。

カリフォルニア工科大学のSarkis Mazmanianは、自閉症様の特徴をいくつか示すマウスモデルについて、一般的な腸内細菌バクテロイデス・フラジリスの量、正常なマウスよりはるかに少ないと2013年に報告。さらにバクテロイデス・フラジリスを自閉症マウスに経口投与すると、自閉症様の症状が改善した。また自閉症マウスは、4EPSと呼ばれる細菌代謝産物の血中濃度が高く、正常なマウスに4EPSを注射すると、自閉症マウスと同様の行動上の問題が起こったという。

この研究結果では、4EPSを経口投与しさらにマウスの腸が漏出性になった場合、化学物質が腸壁を通して体内に浸透。行動異常が見られたと考えられている。自閉症患者の一部は腸管バリア機能低下も見られるため、彼らにプロバイオティクス摂取などの療法を施すことで、改善がもたらされる可能性が浮かんだ。もちろん、本研究はマウスを対象として行った調査のため、人に同じ結果が適用できるわけではない。しかし腸内フローラを出発点に、精神疾患の改善を図る研究は年々増えている。

腸のマイクロバイオームの構成と行動障害(特に自閉症)の間に相関関係があることはこれまでも認められていた。近年の研究により、腸内細菌が脳に影響を及ぼす仕組みについて、神経科学的に解明され始めている。

なかでも、脳腸相関には免疫系と脳〜消化管をつなぐ迷走神経が関与していることは、ほぼ確実とされている。加えて、細菌の排出物も脳に影響を及ぼす。例えば乳酸菌・ビフィズス菌といった代表的な腸内細菌は、神経伝達物質であるγアミノ酪酸(GABA)を産生することが確認されている。

短鎖脂肪酸が脳に与える影響
短鎖脂肪酸(酢酸、酪酸等)は腸内細菌が食物繊維から作られるが、中枢神経に影響を与える物質としても知られる。短鎖脂肪酸は、人が消化しづらい食物繊維、オリゴ糖を材料として、腸内細菌によって生成。大腸上皮細胞のエネルギー源として利用される。そして最近、短鎖脂肪酸を特異的に感知するレセプターが発見され、新たな生理作用、病態形成との関係が解明されているのである。

短鎖脂肪酸の1つであり、クロストリジウム属の細菌が生成する酪酸は、抗うつ作用を持つことが動物実験で報告されている。酪酸を投与したマウスは、脳内の海馬や前頭葉でのBDNF(脳由来神経栄養因子)が増加。酢酸が、脳の成長にも関与していると示唆されたと言える。

無菌マウスの脳内BDNF濃度は、同年齢の通常のマウスよりも低いことも分かっており、腸内細菌が脳を育てる可能性は、現在も興味深い研究テーマとして議論されている。

ミクログリアと脳腸相関
脳腸相関のメカニズムは現在も研究が進められているが、その可能性のひとつとしてに注目されているのが、脳内に存在するミクログリアという細胞だ。脳内の細胞は神経細胞(ニューロン)と神経膠細胞(グリア細胞)に大別され、ニューロンが情報処理をし、その働きをグリア細胞が支えている。

そんなグリア細胞の中でも、ミクログリアは他と違い、脳内における免疫担当細胞として働く。具体的な役目は、神経組織のダメージ修復・排除といった脳内環境の整備である。

このミクログリアについて、ドイツの研究では「腸内細菌がミクログリアの活性化や恒常性に関与している」と報告されている。研究では無菌マウスと通常マウスのミクログリアを詳細に比較・検討し、形態的・機能的いずれも無菌マウスのミクログリアの方が、通常マウスより未成熟な状態であることを確認した。

そして無菌マウスに腸内細菌(が生成した短鎖脂肪酸)を移植し、ミクログリアの変化を観察。その結果、無菌マウスのミクログリアが腸内細菌の移植により成熟したという。ここからも、脳腸相関のメカニズムが見えてきており、パーキンソン病等の脳疾患、うつ病等の神経・精神疾患、またメンタルケアや日々の生活満足度の向上においても、腸内フローラへの意識が欠かせないのである。

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