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趣味は料理と言えるように
松前漬けが好きだ。
去年の年末あたりであったが、業務用の松前漬けのスルメイカを細切りにした商品が、賞味期限があと数日のところで超特価の処分価格で販売されていた。
正月まではまだ日数はあったが誰も買わなかった、多分需要がないのだろう。
乾物、珍味。
僕は、特にイカが好きだ。
松前漬け用なので、細くシュレッダーにかけられたような形になってはいるが、口に入ってしまえば、細く食べやすい美味しいスルメだ。
しかも、業務用なのでたっぷりと入っている。
このチャンスを逃さずに、僕はあるだけ全てを買い占めた。
両手に山盛りの買い物袋をぶら下げて、その夜は、一人でスルメをかじりながら酒盛りをした。
細くなって噛みやすいために、いくらでも食べられる。
少し太いイカそうめんのようであったが、時間を忘れて夢中で食べていたためか、大して固くもないスルメで歯が折れた。
しかも、真夜中に食べ過ぎて苦しい上に喉が乾いた。
乾燥したスルメが、お腹の水分を吸って大きく膨れているようであった。
苦しいが、喉の渇きに耐えかねて、お腹にムチを打って水を流し込めば、それを養分にスルメが腹で膨れていく。
最悪の悪循環であった。
時おり経験する食べ過ぎの失敗であるが、丈夫なはずの歯が折れたことが僕には堪えた。
買い物袋に入れたままで期限の切れた大量のスルメを、そのまま流しの下の扉に放り込んだ。
そして忘れていた。
今日、再び治療した歯が欠けたことで、そのことを思い出した。
流しの下で期限の切れているスルメではあったが、買った時と同じ姿のままで残っていた。
貧乏性の性格が疼いてきた。
柔らかくすれば食べられるのではないか?
もともとは、松前漬け用である。
松前漬けのレシピをインターネットで確認する。
人参は嫌いだから要らない。
スルメと、おつまみ用の昆布もある。
これなら作れそうであった。
しかし、だし汁は難しい。
水と醤油はあるが、砂糖とみりん、赤唐辛子もない。
ビールはあるが、日本酒は身体が受け付けないので買うこともない。
普段から料理をしない僕が、それらの調味料を用意したとしても、作る頃には面倒くさくなっているだろう。
工程の中にある、かき混ぜるといった作業は、多分絶対にやらない。
無駄にするだけなので諦めようと思った時に、ピンとひらめくものがあった。
たくあんの漬物があったはずだ。
うん、これだ。
僕に出来る唯一の料理は、買ってきた漬物をいつでも食べられるように、ナイフで切ってタッパーに汁ごと入れることだ。
まだ、たっぷりとタッパーの中にたくあん入っているが、その中にスルメと昆布をレシピ通りに3〜4センチに切って投入した。
汁がすこし少ないかもしれないが、僕のお腹の水分を吸い出したように、大根の中の水分を吸い取って、勝手に美味しくなってくれるだろう。
きっと、大根の消化酵素が働いて、柔らかく消化の良いものが出来上がるだろう。
料理の全くできない僕には、完成図は浮かんでこないが、これは少し楽しいかもしれない。
『趣味は料理です。』
そんな、ビストロ風なことが言えるようになれば、僕のことを、女の子は放っておかないのではないだろうか。
「俺の手料理を食べに来いよ!」
相手がいないので、試しに自分に声を掛けてみた。
・・・う〜ん 。
ちょっと、いや、だいぶ不味い。