元彼㉓I loved you
私はYに別れを告げる事が出来なかった。
願わくばこのままでいたいと思った事もあるし、私に勇気が生まれるまで続いて欲しいと願った事もあった。
勝手だとは分かっていたけれど、強いYのそばに居ればいつか変われる気がした。
でも私は運命に身を委ねるより留まってしまった。
どんなに時間を重ねても、
どれだけ想い繋がっていても、
死んでしまった人には敵わない。
永遠に。
それが私の答えだった。
私の前からいなくなった彼は
残された私にどうなって欲しかったか
他の誰かと幸せになることを望むだろうか
変わらずずっと
想い続けて欲しいと願っただろうか
どちらの人であるかも分からない程
私は彼との歴史に蓋をしていた。
結婚して夫となる願いを叶えられなかった彼は
私にどんな言葉をかけるのか
別の人を愛してしまった今の私を見て
どう思ってるのか
知る術がどこにもない。
ダメなら止めて。
嫌ならやめるし。
行くなって言って。
そしたら私どこにも行かないし。
どうして欲しい。
どうしたらいいか教えて欲しい。
私ひとりじゃ決められない。
彼がいなくなったあの日から
私の心と記憶は彷徨ってる。
蓋を開けて彼と話をして
想い出をきれいにファイリング出来ていたら
潔く生きる今があったかもしれない。
でも、私はそれをして来なかった。
現実に背いて、拒否をして、
ずっと逃げて来た。
感情を自分の中に閉じ込めることで、
苦しみから目を逸らして来た。
彼がいなくなった事をずっと受け入れられずに
生きて来てしまった。
思い出すことが怖かった。
この世にいない事を確かめたくなかった。
終わらせる事は出来なかった。
私がYと出逢って愛が生まれてしまったことはきっと罰。
この苦しみは私の責任でしかない。
幸せは痛み無くして得られるものじゃない。
簡単に幸せにはなれない
なってはいけない宿命なんだと。
2人を同時に愛し続けることは許されない。
そんな器も私には持ち合わせていないし、
どちらかを選ぶことも私には出来なかった。
距離を作ろうとしていた私にYが言った事がある。
“俺からあぁちゃんに別れようは絶対に言わないよ”
“でも、あぁちゃんから言われたら受け入れる”
“俺、そういう覚悟だから”
私の過去をどう想像していたか定かでないけれど、Yは私の決断を守ってくれていた。
私が言い出せないことも、苦しんでいたことも
ずっと見ていてくれたから。
私から話すことを待っていてくれた。
私が言えるようになるまで。
本当は、別れの言葉なんて望んでなかったはずなのにね。
Yに全てを話すことは
私の人生まで預けることになる。
話して楽になるなんて思えなかった。
苦しませるだけだと思った。
Yの人生の邪魔になることは避けたかった。
本当にYの為を想うなら、
今ある幸せを手離すことは間違いじゃない。
それがどんなに辛い事だとしても。
死んでしまった彼への償いとしても、
私は手に入れる訳にはいかない。
彼と得るはずだった幸せを、
他の誰かと叶える事は出来ない。
私には重過ぎる。
Yはきっとやり直せる。
私との想い出をセピア色に変えられる。
私とじゃない別の幸せを掴めるはず。
私よりずっと多くの可能性を秘めた人生が長く続くから。
今ならまだ
修復出来ない傷では無いはずだから。
“俺もっと早くあぁちゃんに出逢いたかった”
独り言のように言ったことあったね。
出逢う時が違っていたら、
普通の私だったのに。
彼の死を認められた後だったら、
只の女でいられたのにな。
私が過去を乗り越えて
誰かを愛する心を修繕出来ていたら
怖がらず、幸せから逃げたりせずに済んだのに。
違う今が作れたのにね。
あの日
私の家から出て行くとき
今日が最後だって分かってたよね。
本当に優しく、大切そうに、何も言わず、
私を強く抱きしめてくれたもんね。
飲み込んだ言葉たくさんあったはずだよね。
最後に笑顔でいてくれたこと
私の為だって分かってる。
ずるい終わり方してごめんね。
ちゃんと全てを伝えられなくてごめんね。
傷付けてごめんね。
たくさん惑わせてごめんね。
私を救おうとしてくれてありがとう。
掴まえてくれてありがとう。
たくさん苦しませてごめんね。
出来ることなら応えたかった。
私の全てを預けたかった。
本当の私で居たかった。
私達は別れる為に出逢う運命だったのかな。
私には人生の軌道修正をする為の節目に出逢うべく人だったと思うけれど。
Yじゃなかったら感情が戻ることも無かったと思うし、苦しみに向かい合う事もしなかった。
出逢うタイミングが違っていたら
全てを受け入れて欲しいと素直に言えたのに。
躊躇わず、愛してるって言えたのに。
あの時、迷わずYを選べていたのに。
巡り合い重なり合い愛し合った日々は
人生のほんの一部にしか過ぎないけれど
その束の間の幸せは
過ちでは無かったと思える。
育てる事は出来なかったけれど
醜い愛では無かったと思うから。
あなたの歴史に私は刻まれていますか。
私の人生には今でもあなたが
色褪せること無く鮮やかに残っています。
自らの手で引き裂くしか無かったあの時の私の選択を許して欲しい。
私は、あなたの幸せを願ってやみません。
人は幸せになる為に
それを求め欲しがって
生き続けるものだけれど
容易く手にした幸せは続かない
継続する保証はどこにも無いのだから
生きている限り永遠なんて無い
強くなければ幸せにはなれない
心清き人で無ければ
幸せを手にしてはならない
私は人生において
答えのない選択を
繰り返して生きている
選んだそれが
間違いでは無いと信じて
幸せを得ることだけが
全てでは無いと念じて
END